膝蓋骨脱臼

動画で解説!膝蓋骨脱臼

膝蓋骨脱臼ってなに?

後肢の大腿骨(太ももの骨)にある滑車溝(太ももの骨の溝)から膝蓋骨(膝のお皿)が外れてしまう病気です。膝蓋骨は「パテラ(Patella)」と呼ばれ、卵形の小さな骨ですが、大腿四頭筋(太ももの筋肉)–膝蓋骨–膝蓋靭帯–脛骨粗面(脛の骨の靭帯の付着部)からなる膝関節の伸展機構で重要な役割を担っています。膝蓋骨の脱臼は、外れる方向によって内方、外方、内外方脱臼に分けられます。

膝蓋骨脱臼ってどんな症状がでるの?

キャンと鳴いて後肢を挙げたり、歩いている最中にスキップがみられます。膝蓋骨が外れっぱなしになると、姿勢が悪くなることがあり、見た目は普通に歩くことができていても、運動機能が低下していることがあります。例えば、立位姿勢は膝蓋骨が内側に外れているとO脚になりやすく、外側に外れているとX脚になりやすくなります。膝蓋骨の脱臼が重症化すると、“クラウチング姿勢”といって腰を持ち上げられずに這って歩くようになります。

膝蓋骨脱臼の原因は?どんな病気?

膝蓋骨が外れる原因はよくわかっていません。骨が成長する若い時期(1歳未満)に膝蓋骨が外れっぱなしになると、筋肉の牽引によって骨が曲がっていくという説と、元々骨が曲がっているせいで、膝蓋骨が外れやすくなるという説があります。


膝蓋骨脱臼は、「先天性」、「進行性」、「外傷性」に分けられます。
先天性の膝蓋骨脱臼は、犬の成長期(3-5ヵ月齢)に膝蓋骨が脱臼したままだと成長とともに骨が曲がってしまったり、膝を伸ばせなくなってしまうので、早期の診断と治療が必要です。
進行性の膝蓋骨脱臼は、成長とともに少しずつ膝蓋骨がゆるくなってしまうタイプです。
外傷性の膝蓋骨脱臼は、ジャンプの失敗や転落といった外傷によって膝蓋骨を安定化させておく膝の構造が損傷をうけて脱臼が生じるタイプです。

膝蓋骨脱臼にかかりやすい犬種は?

すべての犬に生じる可能性がありますが、膝蓋骨内方脱臼はトイ・プードルやポメラニアン、ヨークシャー・テリア、チワワ、パピヨン、マルチーズといったトイ犬種に多くみられます。膝蓋骨外方脱臼は、小型犬種にくらべて大型犬種に多い傾向がありますが、犬の大きさにかかわらず、外方脱臼よりも内方脱臼の方が発生が多いとされています。

※ここから先は膝蓋骨内方脱臼について説明します。
▶︎膝蓋骨外方脱臼(準備中)

膝蓋骨内方脱臼はどうやって診断するの?

触診

基本的には触診で診断可能です。後肢を挙げたり、スキップ歩行といった症状がみられなくても、ワクチン接種や健康診断の際にはしっかり確認してもらいましょう。
膝蓋骨脱臼は、膝蓋骨の外れやすさの指標としてグレード分類がよく用いられます。ここで大切なことは、病態の進行(グレードの上昇)と現れる症状は必ずしも一致しない、ということです。

膝蓋骨脱臼のグレード分類

グレード1 膝蓋骨を触診で容易に外すことができるが、はなすと自然にもとの位置に戻る
グレード2 膝関節の屈伸で容易に膝蓋骨が外れる
グレード3 膝蓋骨は常に脱臼しており、触診で整復することができる
グレード4 膝蓋骨は常に脱臼しており、触診で整復することができない

レントゲン検査

骨の形態に問題がないか、関節炎が生じているか、関節のなかに水が溜まっていないかなどを確認します。骨の形態は、正しいポジションで撮影しないと正確に評価することができないので注意が必要です。

同じ症例であっても撮影ポジションによっては、右側の画像のように大腿骨が曲がっているように見えてしまいます。

CT検査

レントゲン画像で骨の形態に異常が認められたときに撮影を検討します。
CT画像は3次元で骨の形態を評価できるため、骨変形を伴う重度の膝蓋骨脱臼の場合には有効な診断ツールとなります。

注意すべき他の整形外科の病気

レッグ・カルべ・ペルテス病(大腿骨頭壊死症)、股関節脱臼、股関節形成不全、前十字靭帯断裂、浅趾屈筋腱脱臼など

膝蓋骨内方脱臼の治療方法は?

治療方法は、保存療法と外科療法に分けられます。
治療方法は、症状や年齢、機能障害、膝蓋骨脱臼の程度、体格などを考慮して決めます。症状のない老齢期の犬では手術が必要となることはほとんどありませんが、若い時期に症状がある場合や、膝蓋骨が外れたままの場合(グレード3以上)、体格が大きい場合には手術を推奨しています。

保存療法

急性期(症状のある時期)には、運動制限を行ったり、痛み止めを飲んだりします。
慢性期(症状のない時期)は、体重管理(太らせない)や生活環境の改善(滑りにくい床での生活、爪切り、足裏の毛のカットなど)を心がけることが大切です。

外科療法

膝蓋骨脱臼の手術の方法は多岐にわたりますが、膝蓋骨を安定化させるためにはいくつかの手技を組み合わせる必要があります。膝蓋骨を溝にのせるだけでは、長期間にわたって足の軸を適切に維持できないことから、溝を深くしたり、縫い縮めるだけの手技では失敗することが多いとされています。

代表的な手技をあげてみます。


内側支帯の切離

膝蓋骨の内側の関節包は正常よりも厚くなって縮んでいるので、これらを切ることで膝蓋骨を内向きに引っ張る力をやわらげます。

外側支帯の縫縮(膝蓋骨の外側のゆるんだ組織を縫い縮める)

膝蓋骨の外側の関節包は正常よりも伸びて緩んでいるので、これらを縫い縮めることで膝蓋骨を外向きに引っ張ります。

滑車溝形成術

大腿骨(太ももの骨)にある滑車溝(溝)を深くする方法です。膝蓋骨内方脱臼をもつ犬では、この滑車溝が深く形成されていないことが多い傾向があります。関節面にある軟骨を温存して行う方法(楔状造溝術、ブロック状造溝術など)と、軟骨を削って深くする方法(滑車切除術)に大別されます。

脛骨粗面転位術

膝蓋骨が内側に外れる場合は、大腿骨に対して脛骨が内向きになりがちで、膝蓋骨–膝蓋靭帯–脛骨粗面(靭帯が付着する部分)の構造において、膝蓋骨は内向きに引っ張られやすい傾向があります。脛骨粗面の位置を外側にずらすことで、膝蓋骨が内向きに引っ張られる力を中和させます。

多くの場合、上記の4種類を組みわせることで膝蓋骨を滑車溝上に安定化させることが可能です。ただし、骨の変形がある場合には、膝蓋骨脱臼防止用スクリューを設置したり、大腿骨や脛骨の矯正骨切り術(曲がった骨をまっすぐにする手術)の実施を検討する必要があります。

膝蓋骨脱臼防止用スクリュー

膝蓋骨が内側へ脱臼するときは、大腿四頭筋も一緒に内側へずれるため、これらの筋肉がずれるのをブロックするために大腿骨にスクリューを設置する方法です。膝蓋骨脱臼防止用スクリューは、上記の他の方法を行っても膝蓋骨の不安定が残る場合や、若齢期に滑車溝形成術や脛骨粗面転位術などの骨を操作する方法を選択しにくい場合(成長板への障害を避けるため)に適応となります。

大腿骨や脛骨の矯正骨切り術

重度の膝蓋骨内方脱臼では、大腿骨や脛骨が変形していることがあります。骨変形のない症例では、大腿四頭筋–膝蓋骨–膝蓋靭帯–脛骨粗面からなる膝関節の伸展機構は滑車溝よりもわずかに内側に位置しています。しかし、大腿骨に重度の変形をもつ症例では、立位姿勢では膝の関節面が地面とほぼ平行になるように起立するため、結果として股関節を開いたO脚姿勢になりがちです。この姿勢では、膝関節の伸展機構は滑車溝よりも大きく内側に位置することになり、膝蓋骨はより内側へ外れやすい状態になっています。

矯正骨切り術は、CT検査によって骨の形態的測定を行い、どの部分をどの程度矯正するのか術前計画をたてます。実際の手術では、この術前計画にもとづいて骨切りと矯正を行い、プレートで固定します。

膝蓋骨脱臼の手術方法には、膝蓋骨を構造的に溝にはまりやすくする方法と、膝関節の伸展機構(大腿四頭筋–膝蓋骨–膝蓋靭帯–脛骨粗面)の並びを整える方法に大きく分けられます。後者の代表的な手技としては脛骨粗面転位術がありますが、骨の変形が著しい場合には矯正骨切り術※1や分節骨切除術※2を併用した方が膝蓋骨の再脱臼率を減らすことができると考えられています。一般的に大腿骨の内反角が13°を越える場合には、矯正骨切り術の実施が望ましいとされています。

※1 矯正骨切り術:曲がった骨を切ってまっすぐにする方法
※2 分節骨切除術:筋肉が縮んでしまい、骨を切ってまっすぐにするだけでは膝蓋骨が滑車溝にのらない場合に適応となる方法で、部分的に骨を切除して骨の長さを短くします。

矯正骨切り術は治療が複雑になるため、実施を検討する場合には治療計画をあらかじめきちんと相談しておく必要があります。また、上述したようにレントゲンの撮影ポジションによっては、骨が曲がっているように見えてしまうことがあるので、診断時に術式の適応をしっかりと見極める必要があります。

膝蓋骨内方脱臼と診断されたら手術した方がいいの?

症状のない老齢期の犬では手術が必要となることはほとんどありませんが、若い時期に症状がある場合や、若い時期に膝蓋骨が外れたままの場合(グレード3以上)、体格が大きい場合には手術を推奨しています。


また、手術した方が良いか悩んだ場合には、診察を受けることが大切ですが、以下の項目を参考にしながら「症状を治したい」のか「膝を治したい」のかを検討すると良いかもしれません。

軟骨の摩耗

膝蓋骨と滑車溝はそれぞれ硝子軟骨という水分の多い軟骨で覆われています。膝蓋骨が脱臼と整復を繰り返していると、この軟骨が削れてしまいます。軟骨自体にはほとんど神経がないので“痛み”が生じることはありませんが、軟骨が削れきって軟骨下骨が露出してしまうと“痛み”を引き起こします。また、一度削れた軟骨は元通りには再生せず、線維軟骨という水分のやや少ない軟骨で修復されます。

関節炎の進行

軟骨の損傷が持続すると、少しずつ関節炎が生じます。中型犬以上の体格では慢性関節炎によって中年齢以降に膝が曲がりにくくなったり、寝起きや動き始めに後肢をかばうといった症状が現れやすくなります。
小型犬種では、軟骨の摩耗や関節炎によって将来歩けなくなることはまれですが、若い時期にグレード3以上であれば手術が望ましいと考えます。

前十字靭帯への影響

前十字靭帯は膝の関節のなかにある靭帯で、後十字靭帯とともに膝が内向きに捻じれすぎないように働いています。膝蓋骨内方脱臼では、大腿骨(太ももの骨)に対して脛骨(脛の骨)が内向きに捻れるため、前十字靭帯への負荷が増加するとされています。犬の前十字靭帯は年齢とともに変性して切れやすくなるため、中年齢以降に突然後肢をかばうようになった場合には、前十字靭帯が切れていないかきちんと見極める必要があります。
膝蓋骨内方脱臼を整復したからといって、前十字靭帯が断裂しなくなることはありません。ただしグレード4の膝蓋骨内方脱臼では、前十字靭帯の断裂リスクが大きくなると報告されていることから、若齢期に膝蓋骨内方脱臼に対して積極的な治療を検討する必要があります。

▶︎前十字靭帯について

膝蓋骨内方脱臼の成功率ってどのくらい?

グレード1~3で手術を行った場合の予後は良好であることがほとんどです。ときおり手術から長期間経過して触診で膝蓋骨の緩みが認められることがありますが、症状を伴うことはほとんどありません。
手術の合併症としては、膝蓋骨の再脱臼、脛骨粗面の裂離、ピンの緩みや変位が生じることがあるので、術後は順調に回復しているかどうか、合併症が生じていないか通院して確認する必要があります。
骨が変形していたり、膝が伸ばせないほど重度のグレード4で手術を行う場合には、術後に膝蓋骨が外れなくても歩様の異常が残るなど後遺症が残る可能性があります。

膝蓋骨内方脱臼の手術のあとの管理はどのくらい必要なの?

1週間ほど入院し、はじめの5日間はロバート・ジョーンズ包帯というやわらかい包帯を巻いています。退院後は術後2週目まではケージの中で安静にさせ、それ以降4週目まではジャンプは控えさせて屋内自由運動になります。術後4週目からは徐々に散歩を再開し、少しずつ時間をのばしていきます。

膝蓋骨内方脱臼の手術のあとはリハビリは必要?

術後のリハビリは手術を行なった足の機能回復の助けになります。
当院では術後翌日からレーザー治療を開始し、関節周囲のマッサージを行います。術後4週目頃から屈伸運動など本格的なリハビリテーションを開始し、元気に歩けるようになったら終了しています。

膝蓋骨内方脱臼の手術のあとは普通に歩けるようになるの?

若齢期にグレード1~3で手術した場合には、元気に走り回れるようになることがほとんどです。手術した部分が自分の組織で安定するまでには約2ヵ月かかるので、初期には運動制限などのご自宅での管理が必要になります。そのあとは少しずつ運動量を元の量まで戻していきます。