前十字靭帯断裂

動画で解説!前十字靭帯断裂

前十字靭帯ってなに?

前十字靭帯とは膝のなかにある靭帯のことです。
細かい繊維の束でできていて、後十字靭帯とともに膝関節の安定性を維持しています。

とくに前十字靭帯は、大腿骨(太ももの骨)に対して脛骨(脛の骨)が前方へずれるのを制御する役割を持っています。


また前十字靭帯は、後十字靭帯とクロスすることで膝関節が伸びすぎないようにしたり、内側に向きすぎないようにしています。

前十字靭帯断裂の図解イラスト

前十字靭帯が切れるとどうなるの?

前十字靭帯は切れ方によって部分的に切れる部分断裂と、完全に切れてしまう完全断裂に分けられます。
前十字靭帯が切れてしまうと、大腿骨に対して脛骨が前へズレるのを防げなくなってしまいます。
その結果、痛みや違和感から足にうまく体重をのせることができなくなるのが、前十字靭帯断裂です。

また、大腿骨と脛骨の骨の間には、半月板というクッションの役割を果たす軟骨があります。
前十字靭帯の断裂によって膝の不安定が続くと、この半月板が大腿骨と脛骨に挟まれて傷つくことがあるため注意が必要です。
さらに前十字靭帯は膝蓋骨がズレないようにする役割も持つため、もともと膝蓋骨内方脱臼を持つ犬の場合は、前十字靭帯断裂を起こすと脱臼が悪化したように見えることも。

▶︎膝蓋骨脱臼について

前十字靭帯断裂によってどんな症状がでるの?

前十字靭帯の完全断裂が生じた場合には、急に後ろ足を浮かせて歩かなくなることがあります。
数日後には足を地面につけるようになりますが、うまく体重をかけられず、かばうような歩き方が続くのが完全断裂の特徴です。
前十字靭帯だけでなく半月板も一緒に傷ついていると、さらに強い痛みで足を上げたままにしてしまうこともあります。
一方で、前十字靭帯の部分断裂は早期診断が難しいケガです。 「寝起きや動き始めに足をかばうけれど、しばらくすると普通に歩く」というようなパターンが多く見られます。


また、痛み止めや運動制限などで一時的に良くなっても、治療をやめるとまた再発することも。
部分断裂を起こしていると、座るときに後肢を投げ出すようにすることがあります(シットテスト)。

前十字靭帯が断裂する原因は?

人でも前十字靭帯断裂というケガを聞いたことがあるかもしれません。
人の前十字靭帯損傷はほとんどが外傷性であり、スポーツ選手のケガの原因になることが多いです。
一方、犬の前十字靭帯断裂は、靭帯の加齢性変化(変性)が背景にあることがわかっています。
特別な外傷がなくても、散歩やジャンプといった日常生活の一環で靭帯の断裂が起こるのが特徴です。
また、犬では一度片方の前十字靭帯が断裂すると、約40%の確率で反対側の前十字靭帯にも損傷が起こるとされています。
とくに診断時に反対側の膝のレントゲン画像に異常がある場合は、そのリスクは60%以上になると報告されています。

前十字靭帯断裂が起こりやすい年齢や犬種は?

前十字靭帯の断裂はすべての犬でおこる可能性があります。
ただし前述の通り加齢性の変性が背景にあることが多いため、成長期よりも中年齢以降(6〜7歳以降)によくみられるケガです。
また以下のような犬種は発症しやすいとされています。
該当する犬種を飼っている飼い主様は特に注意しましょう。


小型犬

  • トイ・プードル
  • チワワ
  • ポメラニアン
  • パピヨン
  • マルチーズ
  • テリア系の犬種

中型犬

  • 柴犬
  • ウェルシュ・コーギー
  • コッカー・スパニエル
  • ボーダー・コリー

大型犬

  • ラブラドール・レトリーバー
  • ゴールデン・レトリーバー
  • バーニーズ・マウンテン・ドッグ
  • ロットワイラー
  • ニューファンドランド

前十字靭帯断裂はどうやって診断するの?

前十字靭帯の完全断裂は、触診で膝の不安定性を確認することで、比較的はっきりと診断されることが多いです。
一方、部分断裂では膝関節の不安定が生じないことが多いため、レントゲン検査や神経検査、関節液検査、関節鏡検査などさまざまな方法を組み合わせて診断されます。

触診

触診は前十字靭帯断裂の診断ではとても重要な検査です。
とくに以下の二つが代表的な触診の試験です。

  • 脛骨の前方引き出し試験(Cranial drawer test)
  • 脛骨圧迫試験(Tibial compression test)

これらの検査では、前十字靭帯が切れていると膝関節が前後にぐらつくのを確認できます。
ただし、部分断裂ではぐらつきが見られず、診断が難しいことがあります。

脛骨の前方引き出し試験(Cranial drawer test)

脛骨圧迫試験(Tibial compression test)

膝関節の伸展時疼痛

前十字靭帯の完全断裂あるいは部分断裂では、膝を伸ばすと痛みが生じるため、痛みの有無が診断基準にされます。

内側瘤(Medial buttress)の有無

内側瘤は、前十字靭帯の部分断裂を疑うのに重要な変化です。
膝に慢性的な問題を抱えているときに現れる内側の瘤のような腫れです。
この有無も診断基準の一つになります。

レントゲン検査

レントゲンでは、次のような異常が見つかることがあります。

  • 脛骨が大腿骨に対して前方にずれている
  • 膝関節内に水がたまっている(関節液貯留)
  • 関節炎によって骨が変形している(骨吸収像)

これらの所見を総合して、断裂の有無や進行度が診断されます。

脛骨腓骨大腿骨の正常レントゲン写真
前十字靭帯断裂のレントゲン写真
前十字靭帯の正常レントゲン写真
前十字靭帯断裂のレントゲン写真
注意すべき他の整形外科の病気

膝蓋骨脱臼、慢性骨関節炎、股関節形成不全、大腿神経麻痺、馬尾症候群、炎症性関節疾患、腫瘍性疾患など

前十字靭帯断裂の治療方法は?

前十字靭帯断裂の治療は、「保存療法」と「外科療法」の2つに大きく分けられます。
愛犬の足をしっかりと機能回復させたい場合は、外科療法が選ばれることが多いです。
また、保存療法で痛みや歩き方の改善がみられない場合は、半月板の損傷などが隠れている可能性があります。
その場合は手術に切り替えることがおすすめです。

保存療法

保存療法ではケージレスト(安静)と痛み止めの処方を中心に行います。
期間はおおよそ6週間が目安です。 小型犬(体重5kg以下)ではこの方法で改善することもあります。
ただし、外科療法と比べると関節のぐらつきが残りやすく、関節炎の進行が早くなる傾向があるため注意が必要です。
最近では、装具(サポーターのようなもの)を用いる治療もあり、麻酔リスクの高い子や手術を希望しない場合の選択肢として利用されることもあります。

外科療法

外科療法ではまず膝のなかをしっかり調べ、痛みの原因となる半月板の損傷などを取り除いたうえで、膝関節を安定させる処置を行います。
手術方法は大きく3つに分けられます。

関節内法

関節内法は自己の組織(膝蓋靭帯の一部)を使って前十字靭帯を再建する方法です。
ただし、再建した靭帯が伸びたり断裂することがあり、近年ではあまり選択されなくなっています。

関節外法

関節外法は関節包という関節の「袋」を外側から縫合糸で縛って膝を安定化させる方法です。
当院ではFlo法(変法)という術式を行なっています。
この方法は1970年代から使われている方法で、多くの機材を必要とせず安全に実施できる術式です。
ただし、関節包には神経があるので糸でしばることで後肢をかばう期間が長くなる傾向があります。
また、手術後に糸が緩むと膝の不安定が生じる可能性があるため、術後の定期的なチェックが必要です。。

前十字靭帯断裂の関節外法処置のイラスト
前十字靭帯断裂の関節外法処置のイラスト
前十字靭帯断裂の関節外法処置の術前レントゲン写真
前十字靭帯断裂の関節外法処置の術後レントゲン写真

矯正骨切り術

矯正骨切り術は骨を切って向きを変えることで、膝にかかる負荷を和らげる方法です。
当院では脛骨高平部水平化骨切り術(Tibial plateau leveling osteotomy;TPLO)という術式を行なっています。
TPLOは犬の膝関節を構成する骨の角度(傾き)に注目した手術です。
イメージしやすくするために、膝関節を次のように例えてみましょう。

  • 大腿骨(太ももの骨)=ボール
  • 脛骨(すねの骨)=台座

犬の脛骨は人間と比べて台座の角度が傾いているため、歩いたり立ったりして体重がかかると、ボールが台座の前方にすべってしまうような状態になります。
この傾きの角度を「脛骨高平部角(TPA)」と呼びます。

TPLOでは、この傾いた台座(脛骨)を切って回転させ、角度を小さくすることで、膝のぐらつきを抑え、前十字靭帯がなくても関節を安定させることができるのです。

前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術前レントゲン写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術前レントゲン写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術後レントゲン写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術後レントゲン写真

前十字靭帯断裂の手術のあとの管理はどのくらい必要なの?

手術後の管理方法は術式によって異なります。
どの術式でもおおよそ3〜7日間の入院が必要です。
退院後も安静管理や運動制限を行うことで、スムーズな回復を目指します。

犬の性格や体の大きさ、術後の様子によって細かい調整が必要になるため、定期的な通院と相談が大切です。

関節外法(Flo法など)の場合

  • 術後2週間程度はやわらかい包帯(ロバート・ジョーンズ包帯)を着用
  • 6〜8週間の運動制限が必要(糸の緩みや膝の不安定を防ぐため)

TPLO法の場合

  • 術後数日間のみ包帯を巻く
  • 退院後2週間まではケージ内で安静
  • 2〜4週目は屋内で自由運動(ジャンプはNG)
  • 4週目以降から徐々に散歩を再開し、時間を延ばしていく

前十字靭帯断裂の手術のあとはリハビリは必要?

術後のリハビリは手術を行なった足の機能回復を助けるためにとても重要です。
当院では、以下のようなリハビリを行なっています。

  • 術後翌日からレーザー治療を開始
  • 関節周囲のマッサージで血流を促進
  • TPLO法では術後4週目頃から屈伸運動など本格的なリハビリを開始
  • 歩行が安定してきたタイミングでリハビリは終了

痛みの軽減や関節の柔軟性維持、筋肉の回復をサポートすることで、術後の生活の質を高めることができます。

前十字靭帯断裂の手術のあとは普通に歩けるようになるの?

術式に関わらず、多くの犬は手術後に通常の生活を送れるようになるでしょう。
これまでの報告では、85〜90%の犬で歩行機能の改善が見られています。
ただし、関節外法よりもTPLO法の方が回復が早いとされています。
また、前十字靭帯の断裂があると慢性的な関節炎が進行しやすくなりますが、TPLOなどの矯正骨切り術では進行を遅らせる効果があるいう報告も。
しっかりと術後のケアとリハビリを行うことで、多くの犬が再び元気に歩けるようになるため、最後まで諦めずに治療を受けるようにしましょう。

症例

Case01 シベリアン・ハスキー 2歳齢 31kg 右側前十字靱帯断裂

 

右側前十字靭帯断裂の術前レントゲン写真

 

術中所見

*手術中の写真が含まれています。閲覧される場合にはご注意ください。

 

前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術中写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術中写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術後レントゲン写真

Case02 ヨークシャー・テリア 6歳齢 2.1kg 左側前十字靱帯断裂 + 膝蓋骨内方脱臼 グレード3

 

前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術前レントゲン写真

術中所見

*手術中の写真が含まれています。閲覧される場合にはご注意ください。

 

前十字靭帯断裂と膝蓋骨脱臼の術中写真
前十字靭帯断裂と膝蓋骨脱臼の術中写真
前十字靭帯断裂の術後レントゲン写真

Case03 イングリッシュ・コッカースパニエル 6歳齢 10.2kg 左側前十字靱帯断裂

 

前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術前レントゲン写真

 

術中所見

*手術中の写真が含まれています。閲覧される場合にはご注意ください。

 

前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術中写真
前十字靭帯断裂の術中写真
前十字靭帯断裂の矯正骨切り術の術後レントゲン写真