肛門嚢アポクリン腺癌

症例

雑種犬 12歳 避妊メス

主訴

肛門部の腫瘤と、排便時のいきみ増加

局所所見

肛門右側に11×8×8cmの固着性腫瘤
肛門を左側へ圧迫し、排便困難を助長

画像診断

X線:異常所見なし
超音波:腫瘤は内部に液体貯留を認めず、実質性腫瘤と判断
リンパ節:腰骨下リンパ節の腫大あり → 転移疑い

細胞診

単一細胞群で異型性強くはないが、感染性変化を認めず腫瘍性を強く疑う

疑われた疾患

肛門嚢アポクリン腺癌の特徴

特徴 内容
発生部位 肛門嚢(主に肛門の4時・8時方向)
発見の遅れ 皮膚の深部から発生するため、ある程度大きくなるまで気づかれにくい
転移 リンパ節・肺・骨への転移が多い
合併症 高カルシウム血症(腫瘍がパラソルモン様物質を分泌)

本症例ではリンパ節転移の疑いあり・高Ca血症なしという所見でした。

手術を行うかの判断基準

・QOLの低下要因は「転移による死亡」よりも「排便障害」が深刻
・括約筋の半周程度の切除であれば機能温存は可能
・直腸との固着が浅ければ、比較的安全に切除できるケースも多い

外見の大きさに関わらず、触診や画像診断での可動性評価が重要です

インフォームドコンセント

・本症例では根治は困難であると説明
・ただし、排便困難・感染・高Ca血症を防ぐための治療は必須
・外科、放射線、化学療法を状態に応じて適切に組み合わせる方針をご理解いただきました

実施した治療と経過

1.局所腫瘤の外科切除を実施
2.腰骨下リンパ節の廓清を試みたが、包膜外浸潤が強く断念
3.緩和的治療として、カルボプラチンによる化学療法を導入

治療効果

・化学療法により約2年間コントロールが可能
・治療中止後、腫瘍の再増大とともに骨転移を発症

獣医師の所感と提言

肛門嚢アポクリン腺癌は進行が早く、転移しやすい腫瘍です
しかし、あきらめずに治療を組み合わせることで長期のコントロールも可能です
文献上、**外科+低用量化学療法での1年生存率は86%**という報告もあります

皮膚表面から搾りきれない肛門腺には要注意
定期的なチェックにより早期発見=根治のチャンスが得られます

※クリックすると画像が確認できます

まとめ

肛門や口腔といった**“生活の根幹”に関わる部位の腫瘍は、進行により食べる・排泄するといった日常生活を奪う**可能性があります。
だからこそ、QOL維持の観点からも、**完治が難しくても“あきらめない治療”**が大切です。