肘関節形成不全(Elbow Dysplasia, ED)は、犬の成長期に発生する肘関節の発育異常を指す疾患の総称です。
これは遺伝的要因が関与することが明らかになっている発育異常であり、主に大型犬や超大型犬に発生しやすいとされています。
肘関節形成不全には、以下の 3つの主要な疾患が含まれます。
上腕骨の骨軟骨症(Osteochondrosis Dissecans, OCD)は、成長期の大型犬に多くみられる病気です。
関節軟骨の発育異常が原因で、軟骨が剥がれ落ちることで関節炎を引き起こします。
通常、病変は内側上腕骨顆(medial humeral condyle)という部分に発生し、跛行や運動後の痛みの原因となります。
上腕骨の骨軟骨症は単なる関節の炎症ではありません。
軟骨の異常な厚みと血流障害による栄養不足によって、軟骨フラップ(軟骨片)が形成されることで発症します。
病態が進行すると関節炎が悪化し、犬の生活の質を大きく低下させる可能性があるため注意が必要です。
上腕骨の骨軟骨症の原因にはいくつかの説があります。
主な要因を紹介していきましょう。
特定の犬種で高頻度に発生することから、遺伝が関与していると言われています。
成長期における骨の成長スピードが関節軟骨の発達に影響を及ぼします。。
高カロリーやカルシウム過多の食事が、成長異常を引き起こす可能性があります。
幼少期の激しい運動や外傷が関節軟骨にダメージを与えることで発生することがあります。
成長ホルモンや甲状腺ホルモンのバランスが、骨と軟骨の発達に影響を与える要因の一つです。
上腕骨の骨軟骨症は、大型犬および超大型犬で多く見られます。
特に以下の犬種に発症リスクが高いです。
上腕骨の骨軟骨症は多くの場合、生後5~12か月齢の成長期に発症する病気です。
ただし、軽症の場合には成犬になってから慢性の関節炎として発見されることもあります。
上腕骨の骨軟骨症の症状は以下のようなものがあります。
このような症状が見られた場合、早期に診断を受けることが大切です。
上腕骨の骨軟骨症の診断には、触診、画像検査を組み合わせて行います。
触診では肘の曲げ伸ばしでの痛みや制限を確認します。
特に以下の点が診察のポイントです。
正面像にて骨の欠損や関節の変形がないかを確認します。
骨の表面のへこみが見られた場合には、上腕骨の骨軟骨症の可能性が高いです。
CT検査ではより詳細な診断が可能で、骨の内部構造や細かい病変を確認するのに有効です。 特に関節鏡検査が難しい場合や、より精密な診断を行いたい場合に行われます。
関節鏡検査は、上腕骨の骨軟骨症の確定診断に有効な検査です。 細かい病変の観察が可能で、診断と同時にフラップ除去などの治療も行えます。 CTでは確認しづらい関節軟骨の変性も評価できるため、予後判定にも役立ちます。
上腕骨の骨軟骨症の治療は、以下の2つのアプローチがあります。
軽症の場合は、
による症状の緩和を試みます。
サプリメントの使用も有効です。
外科療法では、関節鏡や手術で、剥がれてしまった軟骨フラップを除去する処置を行います。
関節鏡手術は低侵襲で回復が早く、術後の関節炎リスクを軽減できるのがメリットです。
重症例では骨移植や骨穿孔術を併用することもあります。
軽症例では保存療法も選択肢です。
ただし、関節内に剥がれてしまった軟骨フラップがある場合、放置すると関節炎が悪化し、予後が悪くなることがあります。
そのため、できるだけ手術を行うことがおすすめです。
関節鏡手術は低侵襲で回復も早いことが多いため、一般的におすすめの治療法の一つです。
などの理学療法を行うことで回復を早めることができます。
また、長期的な関節炎予防のため、体重管理や定期的な運動も重要です。
内側鈎状突起疾患(Medial Coronoid Disease; MCD)は、犬の肘関節形成不全のひとつです。
尺骨の内側にある鈎状突起という関節の一部が、損傷や分離を起こすことで発生します。
この疾患は、関節の適合が不十分な「関節不整合」によって起こりやすい病気です。
最終的に変形性関節症へと進行することが多いため注意が必要です。
内側鈎状突起疾患は、かつては内側鈎状突起分離(Fragmented coronoid process; FCP)と呼ばれていましたが、近年では突起全体に異常が見られるケースが多いため、内側鈎状突起疾患の名称が使われています。
内側鈎状突起疾患の明確な原因は完全にはわかっていませんが、以下のような要因が関連していると考えられています。
大型犬や特定の犬種に好発することから、遺伝が関与していると考えられています。
尺骨と橈骨の成長バランスの乱れにより、肘関節に異常な力がかかることが原因の一つです。
尺骨が相対的に長い場合には、内側鈎状突起に過剰な圧力がかかり、骨が損傷しやすくなります。
骨軟骨症(Osteochondritis dissecans; OCD)や発育異常によって軟骨が弱くなり、内側鈎状突起の損傷につながる可能性があります。
成長期に過度な運動をすると、関節に負担がかかり、内側鈎状突起に亀裂が入ることがあります。
また、高カロリー食や栄養バランスの悪い食事が骨の成長異常を引き起こすことも。
内側鈎状突起疾患は中大型犬に多く発生し、特に以下の犬種が好発犬種とされています。
主な発症時期は、生後5~12ヵ月齢の成長期に発症することが多いです。
軽症の場合には、成犬になるまで診断されないこともあります。
内側鈎状突起疾患は進行性で、初期は目立った症状がないこともあります。
時間が経つにつれて明確な症状が出るケースが多いです。
よく見られる症状は以下の通りです。
進行すると関節の変形が生じ、可動域の制限が強くなるため、注意が必要です。
内側鈎状突起疾患(MCD)の診断には、触診、画像検査、関節鏡検査などを組み合わせて行います。
レントゲン検査では、主に変形性関節症(Degenerative joint disease; DJD)という関節が徐々に悪くなっていく病気の兆候がないかを確認します。 以下のような変化がレントゲンで見られることがあります。
ただし、初期の段階では 明確な異常が映らないこともあります。
レントゲン画像にて異常が疑われた場合にはCT検査がおすすめです。
CT検査は麻酔をかけて行う必要がありますが、レントゲン画像よりも詳細に骨の状態を確認でき、早期診断や確定診断に有効です。
特に骨片の有無や関節の不整合を評価するのに役に立ちます。
関節鏡検査は麻酔をかけて行う検査で、小さなカメラを関節内に入れて 直接病変を観察する方法です。
CT画像では軟骨がうつらないのに対し、関節鏡検査では軟骨表面の状態を確認することができます。
MCDの確定診断に最も有効で、同時に治療(骨片の除去など)も可能です。
治療方法は、病態の進行度によって異なります。
軽度のMCDでは、保存療法を行うことがあります。
急性期では消炎鎮痛剤によって痛みや炎症を和らげるないか治療も有効です。
また、炎症の生じた関節を休ませるために運動制限も行います。
慢性期では、
中等度〜重度の場合には外科療法を行います。
肘関節の内側に小さく切開して骨片を取り除く方法です。
以前は、脱落した骨のかけらだけを取り除くことが主流でしたが、最近では病気の進行を防ぐために突起全体を広く切除する方法が推奨されるようになってきました。
この手術は、関節の内部に残っている小さな骨片が他の組織を傷つけたり、痛みや関節炎を引き起こすのを防ぐ目的で行われます。
この手術は、肘の関節のバランスが崩れている場合に選ばれる方法です。
尺骨の上部を一部切ることで、関節のズレを調整し、関節への負担をやわらげ、将来的な痛みの悪化を防ぐ効果が期待されます。
ただし、大型犬では切った骨がなかなかくっつかない(癒合不全)ことがあり、手術後も慎重な経過観察が必要です。
関節鏡とは、関節の中をのぞくための細いカメラのことです。
この手術では小さな穴を開けて関節鏡を入れ、肘の中を直接観察しながら、問題のある骨片を取り除きます。
この方法は体への負担が少ないため、術後の痛みも少なく、回復が早いのがメリットです。
ただし、骨同士のズレ(不整合)がある場合にはこの手術だけでは十分でないことがあり、別の術式が必要になることもあります。
なお、最近では診断のために関節鏡を使い、治療は亜全摘出術などで行うケースが増えています。
軽症の場合には保存療法で管理することが可能ですが、関節のダメージが進行するリスクがあります。
特に、関節内に骨のかけら(遊離骨片)がある場合は注意が必要です。
こうした骨片は関節内で動き回って痛みや炎症の原因となるため、「関節鼠」と呼ばれ、外科手術の適応です。
また、変形性関節症(DJD)が進行する前に治療を行う方が、より良い結果が期待できます。
診断時にすでに変形性関節症(DJD)が進行している場合には、外科療法を行っても保存療法と予後が変わらないとする報告もあります。
そのため、治療方針の決定は慎重に行うことが必要です。
手術後の管理は4〜6週間の安静とリハビリが重要になります。
目安になりますが、術後4〜6週間は運動を制限しつつ短時間のリード付き散歩を行います。
関節のケアとしては、関節を温め、マッサージを行うといったリハビリテーションを行うことも。
術後も関節の可動域の低下や変形性関節症のリスクがあるため、定期的な検診とリハビリテーションが大切です。
肘突起不癒合(Ununited Anconeal Process, UAP)とは、犬の肘関節にある肘突起(ちゅうとっき)が、成長過程で正常に尺骨とくっつかず、分離したままの状態になってしまう病気です。
通常、肘突起は生後4〜5ヵ月齢までに尺骨とくっつきますが、なんらかの原因でそのままつかない場合には関節が不安定になり、痛みが生じます。
また、放置すると将来的に変形性関節症(DJD)を引き起こす可能性があります。
肘突起不癒合の原因にはいくつかの要素が考えられています。
肘突起と尺骨が正常にくっつくためには、骨の成長バランスが大切です。
特に橈骨と尺骨の成長速度の違いが影響を与えることがあります。
肘関節形成不全(Elbow Dysplasia)の一部とされ、特定の犬種に多く発生することから遺伝が関係していると考えられています。
急速な成長を促す高カロリー食や過度な運動が、骨の成長異常や関節の負担につながる可能性があります。
成長期に関節へ強い衝撃を受けると、骨がつくことを妨げる可能性があります。
肘突起不癒合は、大型犬や超大型犬に多く見られます。
特に以下の犬種で発症しやすいとされています。
発症の多くは成長期に見られ、特に 4~7ヵ月齢の間に症状が現れることが一般的です。
この時期は肘突起が尺骨に癒合するタイミングなので、この期間に問題が生じるとUAPが発生しやすくなります。
肘突起不癒合(UAP)の診断には、触診、画像検査を組み合わせて行います。
肘を曲げたり伸ばしたりして、痛みの反応や腫れをチェックします。
などがチェックポイントです。
肘の側面の写真を撮り肘突起と尺骨の間に隙間があるかを確認します。
また、変形性関節症の有無や関節の不整合を評価することも可能です。
レントゲン画像にて異常が疑われた場合にはCT検査がおすすめです。
麻酔をかけて行う必要がありますが、レントゲン画像よりも詳細に骨の状態を確認でき、早期診断や確定診断に有効です。
特に骨片の有無や関節の不整合を評価するのに役に立ちます。
関節内に小さなカメラを入れて、状態を直接観察します。
診断だけでなく治療も同時にできるメリットがあります。
肘突起不癒合の治療は、以下の2つのアプローチがあります。
軽度の場合は、
による症状緩和を試みます。
中〜重度の場合、または保存療法で改善が見られない場合には手術が必要です。
肘突起がくっつかない場合や、変形性関節症が進行している場合に行います。
くっつかなかった肘突起の骨を切除し、関節内の痛みをやわらげる処置です。
ただし、肘関節の安定性が下がることもあるため、術後のケアが重要です。
若齢犬で肘突起がつく可能性が期待できる場合に行われる手術です。
肘突起と尺骨をラグスクリューで固定し、骨がつくのを促します。
手術後は運動制限と適切なリハビリを行い、定期的にレントゲンで状態を確認することが必要です。
成功すれば高い機能回復が得られますが、骨がつかなくなる癒合不全やスクリューの緩みが発生するリスクがあります。
骨同士のズレによる関節への圧力を減らすために、尺骨の上部を一部カットして調整する手術です。
この術式は単独で行われることもありますが、多くはスクリュー固定術と併用されます。
手術後は運動制限と定期的なレントゲン検査が必要です。
手術の効果がみられない場合、追加の手術が必要になることもあります。
多くの場合、手術がおすすめです。
特に若齢犬では、進行性の変形性関節症を防ぐために早期手術が有効です。
ただし、すでに関節炎が進行している場合は、手術後も関節の変形が進行する可能性があるため、慎重な経過観察が必要です。
手術後の管理は6〜8週間の安静とリハビリテーションが重要です。
目安になりますが、術後4〜6週間は運動を制限しつつ短時間のリード付き散歩を行います。
関節のケアとしては、関節を温め、マッサージを行うといったリハビリテーションが行われます。
術後も関節の可動域の低下や変形性関節症のリスクがあるため、定期的な検診とリハビリテーションが大切です。