股関節は、大腿骨頭と寛骨臼というボールとカップの構造をしています。大腿骨頭は大腿骨頭靭帯によって寛骨臼の底につながっていて、関節包という袋に覆われて関節を形成しています。
股関節脱臼は、大腿骨頭と寛骨臼の間の位置関係がずれてしまった状態をさし、一般的に大腿骨頭靭帯と関節包の両方が損傷しています。股関節脱臼では、大腿骨頭が脱臼する方向によって頭背側、尾背側、腹側に分類され、なかでも頭背側脱臼がもっとも多く、全体の70–80%を占めるとされています。
転落や交通事故などの大きな外傷によって生じますが、最近はジャンプの失敗やフローリングで滑ったなどの日常生活で股関節が脱臼してしまう中年齢以上のトイ犬種が増えています。後者の犬では、もともと股関節を安定化させておくための構造の強度に問題を抱えている可能性が疑われます。
突然悲鳴をあげて後肢を完全に挙上します。痛みが強いために触ったり抱き上げようとすると鳴いたり噛みついたりすることがあります。
レントゲン撮影をすることで容易に診断することができますが、以下の手順で診察します。
大腿骨頭が脱臼した方向によって後肢のあげ方に違いがあります。
股関節は皮膚のうえから腸骨翼(骨盤の前縁)と坐骨結節(骨盤の後縁)、大転子(大腿骨の端)という3箇所を触わることができます。これらのランドマークでつくる三角形の位置関係の変化によって、脱臼が生じていないか確認します。たとえば、股関節が背側へ脱臼すると3つのランドマークが直線上にならぶことになります。
関節に脱臼が生じると、関節を曲げたり伸ばしたりできなくなり、関節を動かすと痛みを示します。
脱臼が生じているかを判断するのにもっとも有効な検査です。
画像検査では、股関節の脱臼の方向の確認だけでなく、もともとの骨の形態に問題がないかどうかを確認します。
頭背側脱臼
側面
頭背側脱臼
正面
腹側脱臼
側面
腹側脱臼
正面
脱臼に対する基本的な治療は「可能な限りすぐに整復する」ことです。
ただし、治療がうまくいくかどうかは、整復した関節がどのように治っていくかを理解する必要があります。
股関節が脱臼するときには、大腿骨頭靭帯が切れたり、関節包が破れていて、これらが元通りに再生することはありません。脱臼した関節が整復後に安定化していくには、“結合組織”というやわらかい組織ができて、それが固まっていく“線維化”という工程がきちんと行われる必要があります。
したがって、大きな外力が加わってもいないのに股関節が脱臼してしまった場合には、もともと股関節の構造に問題を抱えていた可能性があるため注意が必要です。
股関節の整復の方法には大きく2種類あり、包帯による安定化(非観血的整復)と、手術による安定化(観血的整復)があります。また、整復治療がうまくいかないときの救済策として大腿骨頭切除術があります。
全身麻酔、もしくは鎮静処置をしてから脱臼した股関節を整復します。整復したあとの関節の安定化には包帯固定を行います。包帯による安定化は約4週間は継続する必要があり、その間に皮膚のうっ血や擦り傷が生じないか注意が必要です。
非観血的整復の成功率は約50%であり、股関節形成不全などの問題を抱えている場合には成功率はさらに低下します。
鎮静をかけてぼんやりした状態にしてから脱臼した股関節を整復しますが、鎮静をかけなくても股関節を伸ばすだけで整復できることもあります。整復したあとは股が開かないような足枷包帯を4–6週間着用します。
インプラントや人工靭帯を使って股関節の安定化を図る方法で、皮膚のうえから包帯で安定化させる非観血的整復よりも関節の安定性をより高めることができ、治療の成功率は約70–80%です。手術のあとは4–6週間の運動制限が必要であり、再脱臼が生じた場合には、大腿骨頭切除術を行う必要があります。
破れた関節包を縫うことができれば縫合し、できなければスクリューと糸を用いて人工的に関節包を再建します。
大腿骨頚部と寛骨臼に骨孔を作り、そこに人工靭帯を通して関節を安定化させます。
整復を行っても再脱臼が生じてしまった場合や、複数回の麻酔を希望されない場合に選択され、大腿骨頭から骨頚部までを切除します。骨を切り取って大丈夫なの?と思われるかもしれませんが、切り取った部分は、結合組織というやわらかい組織で置き換えられて偽関節を形成していきます。
大腿骨頭切除術の目的は“痛み”の除去であり、手術のあとの機能回復には積極的なリハビリテーションが必要です。術後の運動制限が必要ないので、自宅での管理は難しくありません。足の機能は正常までには回復しませんが、日常生活を送れるようになることがほとんどです。
転落や交通事故などの大きな外傷を伴わずに股関節が外れてしまった場合には、まず脱臼が生じやすい要因(股関節形成不全、ホルモンの病気など)がないかをしっかり確認する必要があります。脱臼が生じやすい要因の有無によって治療の成功率が変わってくるので、それに応じて治療方針を検討することが大切です。
股関節を整復した場合には、術後の運動制限期間中は股関節のまわりのマッサージのみを行い、運動制限が解除されたら積極的にリハビリテーションを開始します。一方、大腿骨頭切除術を行った場合には、手術のあとの運動制限が必要ないため、早い段階で患肢を使わせた積極的なリハビリテーションを行います。
整復の治療が成功した場合には、ほぼ元通りの生活を送ることができます。大腿骨頭切除術を行った場合には、後ろ足の筋肉の量に差が残ったり、股関節が伸びにくくなるため、走った時や寝起き時に患肢を浮かせることがありますが、日常生活は“痛み”を伴わずにしっかり送れるようになることがほとんどです。