悪性腫瘍における随伴症候群の中でも、「高カルシウム血症」は臨床的に非常に重要な兆候です。
犬では特にリンパ腫(10~35%)、肛門嚢アポクリン腺癌(約25%)、**多発性骨髄腫(20%)**などが代表的な原因腫瘍として挙げられます(表1)。
本記事では、再発した肛門嚢アポクリン腺癌のリンパ節転移に伴い高カルシウム血症を呈した症例について、治療過程とともにご紹介します。
リンパ腫 | 肛門嚢アポクリン腺癌 |
多発性骨髄腫 | 上皮小体腫瘍 |
乳腺腫瘍 | 胸腺腫 |
その他 |
腫瘍による高カルシウム血症の主な原因は、以下のような異所性ホルモン分泌や骨溶解です
・PTH(上皮小体ホルモン)やPTH-rp(PTH関連ペプチド)の異所性分泌
・腫瘍関連サイトカイン:IL-1β、TGF-β
・広範囲な骨溶解性病変
※非腫瘍性の原因としては、高脂血症、溶血、ビタミンD過剰症、副腎皮質機能低下症、肉芽腫性疾患なども念頭に置く必要があります。
犬種:不明(記載なし) 性別:不明
便秘、元気消失、嘔吐
約6ヵ月前に肛門嚢アポクリン腺癌切除術。以後、追加治療は行っていない。
腰骨下リンパ節の明らかな腫大を認め、転移病変と診断
著明な高カルシウム血症
腫大リンパ節が直腸を圧迫している様子が明確に確認された
治療オプションは以下の5通りが検討されました
1.再発・転移巣の外科的切除
2.放射線治療のみ
3.外科+放射線治療(今回実施)
4.外科+内科療法
5.内科療法のみ
選択と経過
当初は**内科療法(カルシトニン、プレドニゾロン、輸液など)**に反応が乏しく、血中カルシウム値は上昇傾向。
血中カルシウム値は上昇傾向。腫瘍容積の約50%を切除する減容積手術を実施。
血中カルシウム値は上昇傾向。手術後、カルシウム値は急速に正常化し、**プレドニゾロン低用量(0.5mg/kg)**でも維持可能となった。
治療効果
ステロイド単独では無反応だった高カルシウム血症が、手術後にはステロイド併用のみで制御可能に。
軽度の高カルシウム血症 | 生理食塩水による水和 |
中程度の高カルシウム血症 |
生理食塩水による水和と維持 フロセミドの投与1~4㎎/㎏ 8~24時間毎 プレドニゾロン1㎎/㎏ BIDの投与 |
重度の高カルシウム血症 |
中程度の高カルシウム血症の治療とともに サーモンカルシトニン4~10MRC単位/㎏ SC 骨吸収抑制剤:ビスフォスフォネート ゾメタ(ゾレドロネート) |
肛門嚢アポクリン腺癌における高カルシウム血症は、腫瘍容積に依存する反応性が強く、減容積治療(外科または放射線)によって比較的良好にコントロールされる傾向があります。本症例でも、全切除が困難な状況でも約50%の切除で十分な臨床効果が得られた点が示唆に富みます。
・高カルシウム血症のコントロールには原因腫瘍の縮小が最重要
・減容積でも十分な反応が得られることがある
・プレドニゾロンは維持用量での併用が有効
・放射線治療が選択できない場合でも、外科的アプローチが有効なことも