ラブラドール・レトリバー 11歳 避妊メス
1か月前からの鼻汁とくしゃみ。最近、鼻孔内に腫瘤が見えるようになり、呼吸困難の兆候を呈する。
・右側鼻腔内に腫瘤を視認
・鼻鏡は触診で硬化が認められ、正常な可動性がない
・対側の鼻腔は正常
口腔内に異常所見なし
下顎リンパ節および扁桃の腫大なし
レントゲン・超音波所見
→ 腫瘤は軟部組織陰影で構成され、骨への浸潤はなし
→ 鼻腔深部病変や遠隔転移も認めず
細胞診
→ 淡青色のケラトヒアリン様物質を含む単一細胞群が検出され、扁平上皮由来腫瘍が強く疑われた
鼻鏡部扁平上皮癌(T3N0M0)
CT画像では、腫瘍の拡がりは犬歯より前方までに限局しており、犬歯後方を外科切除縁とすることが可能と判断。
本腫瘍は局所浸潤性が非常に強く、進行すれば生活の質を著しく損なう。 現時点で根治が望める治療法は鼻鏡の外科的切除のみ。
・鼻を切除することの見た目への影響と精神的インパクト
・抗がん剤や放射線治療の併用はあるが根治的治療にはならない
・局所コントロールがつかない場合は著しい苦痛を伴う経過を辿る可能性
飼い主には、見た目やイメージではなく、「今、治る可能性があるのは外科のみである」という現実を丁寧に説明し、最終的に鼻鏡切除術の実施に同意いただいた。
※クリックすると画像が確認できます
・鼻鏡切除術を実施
・術後の採食・飲水は自力で可能
・鼻粘膜周囲の毛に接触してくしゃみや軽度出血を起こすことはあったが、術前と比べ生活の質は明らかに向上
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・抗がん剤(カルボプラチン)
・抗がん剤・非ステロイド系抗炎症薬(ピロキシカム)
抗がん剤術後1年10か月にわたり局所再発・転移は認められず、最終的には別疾患により永眠。
かつては「鼻を取ってまで延命すべきか?」という疑念を持っていたが、実際に術後の犬が元気に過ごす姿や、飼い主の自然な受け入れを目にして、その考えは変わった。
・治療の選択肢は獣医師の価値観で制限すべきではない
・患者のQOLや飼い主の意向、治療による可能性を丁寧に説明し、最善の選択を導くことが重要
・「外見が変わるからやめる」ではなく、「何を守れるか」で判断する姿勢が必要
鼻鏡扁平上皮癌は早期診断と適切な外科的判断が生存期間とQOLを大きく左右する腫瘍である。
見た目や一時的な違和感を超えて、動物と飼い主の未来を考えた治療提案をすべきだと再認識させられる症例であった。