膝腫瘍

症例

スパッキーパ 雑種犬 7歳 メス

主訴

左後肢の跛行(約1か月前より)
来院時には左後肢を完全に挙上しており、筋肉量の著しい低下が認められた。

初診時の診断経過

・下顎リンパ節および扁桃の腫大なし 触診・整形学的検査
→ 前十字靭帯の部分断裂を疑う所見

・リウマチ因子/関節液検査
→ 明確な炎症・腫瘍を示唆する所見なし

・初診時レントゲン
→ 明らかな骨変化は確認されず

第1回手術と所見

診断に基づき、前十字靭帯断裂の外科治療(関節外法)を実施

関節鏡的所見
→ 通常では見られない赤色の結合織の異常増殖あり
→ 靭帯は部分断裂していたが、脆弱化も認められた
※この時、組織検査は実施せず。

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術後経過と再評価

術後2ヶ月経過しても挙上が改善されず

関節部の腫脹は軽度ながらも、大腿骨外側顆の骨吸収像をレントゲンで確認
→ 術後変化にしては不自然

第2回手術と確定診断

再度、関節内の病変部位を切開し、生検を実施

所見:赤色結合織様の病変がさらに増殖
→ 大腿骨遠位部の骨表面にも明らかな浸潤

組織検査結果

滑膜肉腫(Synovial Sarcoma)
間葉系悪性腫瘍:核分裂像および細胞異型度は中等度

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最終的な治療と経過

後肢断脚術+化学療法を実施
→ 痛みから解放され、日常生活を取り戻す
→ QOLは大きく改善

症例からの学び

本症例での最大の反省点は、初回手術時に病理検査を行わなかったことです。
術中、**通常と異なる組織所見(赤色結合織の異常増殖)**がありながらも、靭帯損傷との関連で片づけてしまった点は大きな教訓となりました。

獣医師としての気づき

・「跛行=整形外科」だけではない
→ 骨肉腫、爪床腫瘍、シュワノーマ、組織球性肉腫なども鑑別に入れるべき

・関節・靭帯周囲の異常組織=滑膜肉腫の可能性を常に頭に置く

・“違和感”を覚えたら、必ず組織検査を行うべき

確定診断に至らない可能性や費用の面を理由に躊躇することもありますが、医師としての直感が働いたときほど、検査の重要性が高いと感じます。

まとめ

滑膜肉腫のように初期症状が跛行や部分靭帯損傷と重なる腫瘍では、初期対応の判断が今後の治療計画を大きく左右します。
「なんとなく気になる」を放置せず、積極的な病理検査の実施が、見落としを防ぎ、より良い予後を導くカギとなるでしょう。