椎間板とは、背骨(脊椎)を構成している椎骨と椎骨の間にある軟骨線維のことで、背骨をスムーズに曲げ伸ばしができるようにクッションの役割を担っています。
椎間板ヘルニアとは、椎間板が椎間板の真上にある脊髄に向かって逸脱し、脊髄を圧迫することで、痛みや麻痺が生じる病気です。
椎間板ヘルニアは、ハンセンⅠ型とⅡ型という大きく2種類のタイプに分類されます。ハンセンⅠ型は、急性発症で突然キャンと鳴いて痛みや麻痺が生じるのに対し、ハンセンⅡ型は慢性的な疼痛やふらつきが生じます。
椎間板は、中心の髄核と周囲を取り囲む線維輪からできていて、脊椎の衝撃吸収剤として機能しています。「軟骨異栄養犬種」と呼ばれる犬種は、2歳までに椎間板の変性が起こるとされていて、ゼリー状の髄核の水分がなくなって砂利状になってしまいます。日常生活の動作を行ううちに変性した髄核が背中側に逸脱することで脊髄を圧迫し、痛みや麻痺が生じます。
ミニチュア・ダックスフンドやフレンチ・ブルドッグ、ウェルシュ・コーギー、ビーグル、シー・ズー、コッカー・スパニエル、パグ、ペキニーズは、軟骨異栄養犬種と呼ばれ、遺伝的に椎間板ヘルニアを起こす危険性が高いとされています。
椎間板ヘルニアによって現れる症状は、発生する部位によって異なります。
椎間板ヘルニアが首で起こるとキャンと鳴いたり、四肢のふらつきや四肢麻痺といった症状が現れるのに対し、腰で起こるとキャンと鳴いて震えている、ケージの中から出てこないといった痛みを示す行動の変化や、後肢のふらつき、後肢の起立困難といった症状がみられます。
ハンセンⅠ型の椎間板ヘルニアでは、麻痺の程度によって5段階の重症度評価を行います。グレートが高いほど麻痺は重篤であり、より早急な診断・治療が必要になります。
ここから先は胸腰部椎間板ヘルニアについて説明します。
▶︎頚部椎間板ヘルニア(準備中)
キャンと鳴いてから震えていたり、背中を丸めて大人しくなったりしますが、自力で歩行することができます。
あきらかな後肢の麻痺が生じていなければ、痛みを引き起こすさまざまな病気を疑う必要があります。
自力で歩行することはできますが、後肢のふらつきが目立ちます。
爪を床に擦るように歩いたり、ナックリングといって足先がひっくり返ったまま歩いたりするようになります。
自力で歩くことができない状態で、グレード3以上はすべて見た目は同じ起立困難を呈します。
足先をつねると痛覚が残っていることが確認できます。自力で排尿することができても、腰を持ち上げられないので下半身が排泄物で汚れやすくなります。
自力で歩くことができない状態で、起立困難に加えて足先を爪でつねっても痛がらなくなります(浅部痛覚の消失)。
グレード4以上の麻痺では、膀胱麻痺も併発することがあり、排尿管理が必要になります。
自力で歩くことができない状態で、起立困難に加えて足先の骨を圧迫されても痛がらなくなります(深部痛覚の消失)。
痛覚の評価は、足先をつねったときに怒る、あるいは噛みつくといった忌避反応を確認することで「痛覚あり」と判断します。足先をつねったときに足を引っ込めるのは、引っ込め反射という反射であり、これを「痛覚あり」と誤認しないように注意が必要です。
身体検査を行って麻痺が認められたら、神経学的検査を行って病変部位がどこにあるかを推測します。椎間板ヘルニアなど脊髄や脊椎に生じる病気は、CT検査やMRI検査によって診断することがほとんどですが、これらの検査には麻酔が必要となるため、事前に病変部位の局在を絞り込んだり、緊急性の評価を行う必要があります。
神経の病気が疑われる場合にとても重要な検査です。
この検査を行うことで、病変の局在を絞り込んだり、麻痺の重症度を評価します。
レントゲン画像のみで確定診断をつけることはできませんが、椎間板が石灰化していたり、椎間板の入っている隙間(椎間板腔)が狭くなっていたり、脊髄の通り道に石灰化した病変(椎間孔の不透過性亢進)が見えることがあります。
CTとは、Computed Tomography(コンピューター断層撮影)の略で、X線を利用して体内の状態を断面像として描出する検査です。CT画像は、骨などの硬い組織を評価するのに長けていますが、脊髄などの軟部組織の評価には不向きです。
椎間板ヘルニアは、石灰化した椎間板物質が脊髄を圧迫することが多いため、CT検査で多くの場合診断が可能です。石灰化が乏しい病変の場合には、脊髄造影検査を組み合わせることで診断することができます。
MRIとは、Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像)の略で、強い磁石と電波を利用して体内の状態を断面像として描出する検査です。MR画像は、脊髄などの軟部組織を評価するのに長けていますが、骨などの硬い組織を評価するのには不向きです。
MR画像は、椎間板ヘルニアの診断に有効なだけでなく、脊髄の状態(浮腫や炎症など)を評価したり、その他の神経疾患の診断を行うことが可能です。
CT | MRI | |
---|---|---|
長所 |
・検査時間が短い(10〜30分) ・石灰化病変の検出に有効 (※石灰化していなくても脊髄造影を併用することで検出率上昇) ・骨の形態を評価できる ・スライス間隔が薄い |
脊髄実質の病変を評価できる →椎間板ヘルニア以外の神経疾患の診断も可能 |
短所 |
・脊髄実質の病変は評価できない →椎間板ヘルニア以外の神経疾患の診断は困難 |
・検査時間が長い(30〜90分) ・骨の形態は評価できない ・スライス間隔が厚い |
放射線被爆 | あり | なし |
診断率 | 約90% | 100%? |
治療 | 検査→手術まで1回の麻酔で実施可能 | 外部機関で検査→後日手術 2回の麻酔が必要 |
※診察時の状態によって上記の違いを加味したうえで治療方針を相談させていただきます。
線維軟骨塞栓症、脊髄梗塞、椎間板脊椎炎、椎体骨折・脱臼、多発性筋炎、くも膜憩室、膿瘍、虚血性脊髄症、虚血性神経筋障害、炎症性中枢神経疾患、腫瘍性疾患など
保存療法の目的は、脊髄を圧迫する椎間板物質が吸収されたり(約6週間)、破れた線維輪が修復される(約8週間)のを待つことです。
鎮痛剤や抗炎症剤を使用しますが、最も重要なのは厳重なケージレストです。ケージレストは、病状にもよりますが2–6週間程度継続します。保存療法の一環として、背中を安定化させるコルセットを使用することもあります。
外科療法は、脊髄を圧迫する椎間板物質を物理的に除去する方法です。圧迫物質を取り除くので、麻痺は保存療法に比べて早く回復します。
胸腰部椎間板ヘルニアでは、脊椎の斜め上からアプローチして圧迫物質を摘出する片側椎弓切除が適応となることが多いです。
一般的に後肢が立たなくなったら(後肢の随意運動消失、グレード3以上)、外科療法が望ましいとされています。治療方法を決める際には、保存療法と外科療法の治療効果の違いと治療期間を参考にすると良いでしょう。
グレード | 保存療法 | 外科療法 |
---|---|---|
1 | 100% (8/8頭) |
96.7% (29/30頭) |
2 | 84.2% (32/38頭) |
94.7% (36/38頭) |
3 | 84.2% (32/38頭) |
93.5% (43/46頭) |
4 | 81.3% (13/16頭) |
94.9% (37/39頭) |
5 | 7.1% (1/14頭) |
63.7% (86/135頭) |
[出典:Small Animal Spinal Disorders Diagnosis and Surgery, 2nd Edition]
グレート5の麻痺の10–12%で進行性脊髄軟化症を発症する危険性があります。進行性脊髄軟化症とは、急性の脊髄損傷に伴って二次的に生じる進行性の脊髄壊死であり、発症した場合、ほぼすべての犬は呼吸筋の麻痺によって死に至ります。
進行性脊髄軟化症の徴候は、抑うつ、激しい疼痛、麻痺の進行、前肢の麻痺などがあり、最初の麻痺の発症から10日以内にこれらの変化が現れることが多いとされています。そのため、椎間板ヘルニアに対する緊急手術を実施したあとに進行性脊髄軟化症の発症があきらかになることもあります。
近年では、進行性脊髄軟化症に対する治療方法(広範囲にわたる片側椎弓切除と硬膜切開術の併用など)が報告されていますが、必ず救命できるわけではないため、実施するかどうかはよく相談する必要があります。
適切な診断と治療を行えば、グレード4までの麻痺なら90%以上は自力で歩けるようになります。一方、グレード5の麻痺は手術を行っても50–60%程度しか回復せず、その場合には長期間リハビリを行なって脊髄歩行(反射を利用して歩くこと)の獲得を目指します。また、後躯麻痺が残った場合には、排泄の管理などの介助が必要になります。
椎間板ヘルニアの治療において、リハビリテーションはとても有効です。
保存療法を行う場合、初期はケージレストが必要なのでリハビリテーションの目的は、関節を強化して持久力を高め、関節可動域を増加させることです。当院ではリハビリテーション専門の獣医師の診察も行っております。
▶︎リハビリテーション科の専門診療
残念ながら自宅でできる予防法はありません。
太っているからといって椎間板ヘルニアになりやすいということはありませんが、麻痺が生じた場合、自分の体重を支えづらいので回復が遅れる可能性があります。
同じ部位での再発はほとんどありませんが、別の部位で再発する可能性があります。
犬の背骨は、頚椎7つ、胸椎13つ、腰椎7つと仙椎から構成されています。第1頚椎(環椎)と第2頚椎(軸椎)の間以外の椎体の間には必ずひとつ椎間板があります。椎間板ヘルニアは胸椎と腰椎の境界で起こりやすく、第12–13胸椎間と第13胸椎–第1腰椎間で約50%を占め、第11–12胸椎間から第2–3腰椎間で約85%を占めるとされています。