正常な股関節は、大腿骨頭と寛骨臼というボールとカップの構造をしていますが、これは成長期に大腿骨頭と寛骨臼がきちんと連結していることできれいな関節が形成されます。成長期の股関節に“ゆるみ”があると、きれいな関節が形成されず、いびつなボールと浅いカップが形成され、関節炎が進行していきます。これを股関節形成不全(Hip dysplasia)といい、一般的には両側に発生します。
股関節形成不全の原因は、多因子性(主に遺伝的要因と環境的要因)とされていますが、なかでも遺伝的要因が股関節の形成異常に大きく関与していると考えられています。股関節形成不全はすべての犬種で生じる可能性がありますが、ゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバー、エアデール・テリア、チャウ・チャウ、サモエドなどの大型犬種や、バーニーズ・マウンテン・ドッグやマスティフ、ニューファンドランド、グレート・ピレネー、ロット・ワイラー、セント・バーナードなどの超大型犬種での発生が多いとされています。
発症時期は、若齢期(6–12ヵ月齢頃)と老齢期に集中することが多いです。
症状とレントゲン画像でみつかる関節炎の重症度は関連しないことが多いので、重度の関節炎があるからといって必ずしも手術が必要とは限りません。そのためには、股関節形成不全でどのような症状が出やすいかを知っておく必要があります。
若齢期は、寝起き時や動き始めに起き上がるのが大変だったり、後肢をかばう、両後肢の幅が狭い(スタンス幅の減少)、運動を嫌がる(運動不耐性)などの症状がみられます。股関節の“ゆるみ”によって後肢に体重をかけるたびに亜脱臼が生じて不安定な歩き方になり、これは“モンローウォーク”と呼ばれます。この時期の痛みは、関節の“ゆるみ”によって骨どうしがぶつかって軟骨がすり減ってしまい、軟骨下骨という神経を含む部分が露出してしまうことや、関節包が引き伸ばされることで生じます。
老齢期には、運動を嫌がる、寝起き時や動き始めに立ち上がるのが大変、運動後に後肢をかばう、といった症状が現れやすくなります。この時期の痛みは、年齢とともに筋肉量が少なくなることで骨や関節にかかる負担が増えて生じるもので、おもに慢性関節炎による症状です。
触診による評価とレントゲン画像で関節の形態や関節の“ゆるみ”の程度を評価して診断します。
股関節を伸ばしたときや、外向きに開いたとき(外転)に痛みが生じます。また股関節まわりの筋肉があまり発達していないこともあります。関節炎が進行している場合には、関節可動域(関節を動かせる範囲)が低下する、つまり股関節が伸びにくくなります。
また他の方法として、鎮静した状態で股関節の“ゆるみ”を触診で検出する方法もあります。
股関節における外側方向への緩みを検出する方法。鎮静が必要です。
股関節の“ゆるみ”の程度を評価する方法。再脱臼整復角を計測し、外科療法の適応かどうかを判断する基準のひとつになります。鎮静が必要です。
画像検査には骨の形状を評価する方法と、“ゆるみ”を評価する方法があります。
仰向けの状態で股関節をしっかり伸ばしてレントゲン撮影を行って評価します。骨の形状を評価するので、骨の成長が終わる時期を目安に実施します。
・大腿骨頭の形状
・寛骨臼の形状
・関節炎所見の有無
・関節のはまり具合
レントゲン画像所見によって、今後の関節炎の進行の程度をおおよそ予測することが可能です。
※詳細な評価を行って記録に残すための評価機関もあります。
国内:JAHD(日本遺伝病ネットワーク) 評価対象:12ヵ月齢以上
米国:OFA(Orthopedic Foundation for Animals) 評価対象:24ヵ月齢以上
レントゲン撮影はあくまでも静止画であり、動的な関節の不安定を検出することはできません。そこで、鎮静をかけて特殊な機材を用いて股関節にストレスをかけた状態でレントゲン撮影を行うPenn HIPという方法があります。この方法は4ヵ月齢以降で実施可能です。
くり返しになりますが、症状とレントゲン画像でみつかる関節炎の重症度は関連しないことが多く、関節炎が重度だからといって必ず症状が現れるわけではないので、注意が必要です。
若齢期:汎骨炎、骨軟骨症、成長板骨折、肥大性骨異栄養症、膝蓋骨脱臼など
老齢期:前十字靭帯断裂、多発性関節炎、馬尾症候群、腫瘍性疾患など
まずどんな生活をさせてあげたいか目標を設定することが大切です。
治療方法は保存療法と外科療法に分けられますが、股関節形成不全をもつ犬の80–90%は保存療法を行うことで通常の日常生活を送ることが可能です。外科手術は、保存療法で改善がみられない老齢犬、高い運動機能を求める若齢犬、関節炎の進行を抑えたいという希望がある場合に適応されます。
急性期(症状のある時期)と慢性期(症状のない時期)をきちんと評価して治療計画を立てます。股関節が悪いからといって、ずっと運動を控えるような管理をしてはいけません。
肥満は関節にかかる負荷を増加させ、関節炎の進行を早めて症状が現れるリスクを高めます。体重管理を適切に行うことで関節炎による症状がやわらいだり、関節炎の進行を遅らせることができ、痛み止めの使用や外科治療の適応が減少することがわかっています。とくに避妊・去勢手術後は体重が増加しやすいので注意が必要です。
オメガ3脂肪酸によって関節の障害と関節炎による痛みや炎症を緩和したり、グルコサミンやコンドロイチンによって関節軟骨を保護する効果が期待されます。
症状のある時期は運動制限が必要ですが、症状が落ち着いたら短時間・頻回の運動を行うことで後肢の筋肉量の維持・増加を図ります。
股関節形成不全の保存療法では、リハビリテーションは非常に有効です。リハビリテーションの目的は、関節を強化して持久力を高め、関節可動域を増加させることです。当院ではリハビリテーション専門の獣医師の診察も行っております。
▶︎リハビリテーション科の専門診療
痛みが強い時期は痛み止めを使用しますが、嘔吐や下痢などの副作用が生じないか注意が必要です。
股関節形成不全に対する外科療法は、月齢と関節の“ゆるみ”の程度によって決定します。
恥骨結合という骨盤の一部を電気メスで焼いて骨盤の成長の仕方に影響を与えることで股関節を深くさせる方法です。20週齢以下の犬でPenn Hipによって股関節の“ゆるみ”がみつかった場合に適応を検討します。
骨盤の骨を3箇所(あるいは2箇所)切って寛骨臼の傾きを変えることで、股関節のはまりを深くさせる方法です。この手技の効果を最大限に発揮するためには、10ヵ月齢未満の犬で、関節炎所見がないこと、股関節の“ゆるみ”が一定の範囲内であること、大腿骨頭が寛骨臼へしっかり整復できることなどのきびしい適応条件があります。
大腿骨頭と寛骨臼をどちらも完全に除去し、人工関節に置き換える方法です。股関節全置換術は、高額な費用がかかることと、10–15%程度で合併症のリスクがあることから、保存療法で股関節の機能を温存できない場合や高い運動機能を求める場合に適応されます。手術自体は骨の成長が終われば(8–9ヵ月齢以降)実施可能ですが、人工関節に使用するインプラントは経年劣化していくため、可能な限り年齢が進んでから実施することが望ましいとされています。
[出典:Advances in Small Animal Total Joint Replacement]
保存療法で十分な効果が得られなかった場合や、ほかの手術の方法が適応されない場合に選択され、大腿骨頭から骨頚部までを切除します。骨を切り取って大丈夫なの?と思われるかもしれませんが、切り取った部分は、結合組織というやわらかい組織で置き換えられて偽関節を形成していきます。
大腿骨頭切除術の目的は“痛み”の除去であり、手術のあとの機能回復には積極的なリハビリテーションが必要です。術後の運動制限は必要ないので、自宅での管理は難しくありません。足の機能は正常までには回復しませんが、日常生活を送れるようになることが多いです。
レントゲン画像でみつかる関節炎の重症度と症状は関連しないことが多いです。
したがって、関節炎が重度だからといって必ず症状が現れるわけではなく、また必ず手術が必要なわけではありません。
くり返しになりますが、股関節形成不全をもつ犬の80–90%は保存療法を行うことで通常の日常生活を送ることが可能です。まずは診察を受けて現状を評価し、治療の目標を立てることから始めましょう。
股関節形成不全の保存療法では、リハビリテーションは非常に有効です。リハビリテーションの目的は、関節を強化して持久力を高め、関節可動域を増加させることです。
当院ではリハビリテーション専門の獣医師の診察も行っております。
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手術の方法によって経過は異なりますが股関節全置換術を行った場合、合併症などのトラブルがなければ、ほぼ正常な機能回復を達成することが可能です。
大腿骨頭切除術を行った場合には、後肢の筋肉の量に差が残ったり、股関節が伸びにくくなるため、走った時や寝起き時に患肢を浮かせることがありますが、日常生活は“痛み”を伴わずにしっかり送れるようになることがほとんどです。