肛門嚢アポクリン腺癌

肛門嚢アポクリン腺癌とはどんな病気?

肛門嚢アポクリン腺癌は、犬の肛門嚢に存在するアポクリン腺という分泌腺から発生する悪性腫瘍です。
肛門嚢は肛門の左右、時計でいう4時と8時の位置にある袋状の構造で、本来はにおい物質を分泌する役割があります。

この腫瘍は皮膚の深い部分で発生するため、ある程度大きくなるまで外から気づかれにくいという特徴があります。
また、進行が早く、リンパ節や肺、骨などへ転移しやすい腫瘍としても知られています。

さらに、腫瘍が副甲状腺ホルモン様物質を分泌することで、高カルシウム血症という全身状態の悪化を引き起こすことがあり、命に関わる合併症を招くケースもあります。

肛門嚢アポクリン腺癌の主な症状

肛門嚢アポクリン腺癌では、次のような症状がみられることがあります。

  • 肛門の横にしこりが触れる
  • 排便時に強くいきむ
  • 便が細くなる
  • 肛門周囲を気にしてなめる
  • 肛門周囲が腫れる、ただれる
  • 元気や食欲の低下
  • 後ろ足のふらつき(転移時)

初期のうちはしこり以外の症状がほとんど見られないことも多く、「少し腫れているだけ」と様子を見てしまいがちです。
しかし、排便障害が出てくる頃には、すでに腫瘍がかなり大きくなっているケースも少なくありません。

肛門嚢アポクリン腺癌の検査と診断

診断には、いくつかの検査を組み合わせて総合的に判断します。
まずは触診で肛門周囲のしこりの大きさ、硬さ、可動性などを確認します。あわせて、超音波検査を行い、腫瘤の内部構造や周囲組織との関係を評価します。
細胞診では、腫瘍性かどうかの判断を行います。悪性が疑われる場合には、転移の有無を確認するためにレントゲン検査やリンパ節の評価も行います。
肛門嚢アポクリン腺癌は初診時ですでにリンパ節転移が確認されることも多く、治療方針の決定には全身状態の把握がとても重要になります。

肛門嚢アポクリン腺癌の治療方法

治療は、

  • 外科手術
  • 抗がん剤治療
  • 放射線治療
  • 緩和治療

を組み合わせて行うことが一般的です。

外科手術では、可能な限り腫瘍を切除します。
ただし、肛門括約筋に近接しているため、切除範囲によっては排便機能への影響が出る可能性もあり、慎重な判断が必要です。
リンパ節転移がある場合には、郭清手術を検討しますが、腫瘍の浸潤が強いと完全切除が難しいこともあります。
そのような場合には、抗がん剤治療によるコントロールを併用します。

肛門嚢アポクリン腺癌の予後と余命

予後は、発見時の進行度や転移の有無によって大きく異なります。
転移がない早期の段階で外科切除が可能な場合には、長期生存が期待できるケースもあります。
一方で、リンパ節や骨、肺に転移が認められる場合は完治が難しくなり、治療の目的は延命と生活の質の維持が中心となります。
ただし、外科治療と抗がん剤治療を適切に組み合わせることで、1年以上の生存が得られる例も報告されています。

【症例紹介】12歳 雑種犬の肛門嚢アポクリン腺癌の治療経過

ここからは、実際に当院で治療を行った症例をご紹介します。
患者は12歳の雑種犬の避妊メスで、「肛門の横に大きなしこりがあり、最近排便時のいきみが強くなってきた」という主訴で来院されました。
診察では、肛門の右側に約11cm大の固着性腫瘤が確認され、腫瘤が肛門を左側へ強く圧迫していたため、排便が困難な状態になっていました。

肛門部腫瘤の外貌写真
肛門部腫瘤の外貌写真

画像診断

画像検査では、超音波検査で腫瘤内部に液体貯留は認められず、実質性腫瘤と判断されました。
また、腰骨下リンパ節の腫大が確認され、転移が強く疑われる所見でした。

細胞診

細胞診では明らかな感染所見はなく、腫瘍性病変が強く疑われました。
この時点で、肛門嚢アポクリン腺癌が最も疑われる疾患として考えられました。

肛門嚢アポクリン腺癌の特徴

特徴 内容
発生部位 肛門嚢(主に肛門の4時・8時方向)
発見の遅れ 皮膚の深部から発生するため、ある程度大きくなるまで気づかれにくい
転移 リンパ節・肺・骨への転移が多い
合併症 高カルシウム血症(腫瘍がパラソルモン様物質を分泌)

本症例ではリンパ節転移の疑いがありましたが、高カルシウム血症は認められませんでした。

手術を行うかの判断基準

この腫瘍は、理論上は根治切除が可能なケースもありますが、すでに転移している場合は完治が難しくなります。
>本症例では腫瘍はすでに非常に大きく、リンパ節転移も疑われる状況でした。
最大の問題は「排便が正常にできないほどの物理的な圧迫」が生活の質を著しく低下させていた点です。
そのため、根治は難しい可能性が高いことをご説明したうえで、排便障害の改善と感染予防、全身状態の安定を目的とした治療を行う方針となりました。

実施した治療と経過

本症例の治療は、まず局所の腫瘤摘出手術を実施。
腰骨下リンパ節をまとめて取り除く手術(郭清)も試みましたが、腫瘍の浸潤が強く、完全切除は困難と判断し中止しました。
その後、緩和的治療としてカルボプラチンによる抗がん剤治療を開始しました。

治療効果

抗がん剤治療により腫瘍は一定期間コントロールすることができました。
排便障害も改善し、約2年間にわたって日常生活を維持することができました。
しかし、治療終了後に腫瘍の再増大と骨転移が認められ、最終的には病状が進行してしまいます。
この症例は、完治が難しい進行癌であっても、適切な治療を組み合わせることで生活の質を保ちながら長期間のコントロールが可能であった一例といえます。

化学療法後の肛門腫瘤写真
術後経過と腫瘤の局所再発のグラフ
 
肛門嚢アポクリン腺癌について
肛門嚢アポクリン腺癌の写真
肛門嚢アポクリン腺癌摘出手術写真

※クリックすると画像が確認できます

まとめ

肛門嚢アポクリン腺癌は早期発見がとても重要です。
発見が遅れるほどに治療の選択肢が限られ、予後も厳しくなります。
肛門のしこりや排便時の異常は、決して年齢のせいだけで片付けられるものではありません。
肛門嚢はご自宅での絞りだけでは異常に気づきにくい部位でもあります。
定期的な健康診断や肛門周囲のチェックによって、早期発見につながる可能性が高まります。
肛門まわりのしこり、排便時のいきみ、違和感などに気づいたときは、できるだけ早く当院へご相談ください。