組織球系

臨床において、腫瘍の診断には“お約束”のような典型例がある一方で、「知らなければまずたどり着けない」腫瘍性疾患も存在します。
本稿では、肺腫瘍と見間違えやすい悪性組織球症の一例をご紹介します。

特に本症例のように、治療選択が診断によって大きく変わる腫瘍は、知識として頭の片隅に置いておくことが非常に重要です。

症例

バーニーズ・マウンテン・ドッグ 7歳 避妊メス

主訴

2週間前より続く咳

既往歴

特記事項なし

症状

咳、呼吸困難、食欲不振、体重減少
既に抗生物質治療を実施済みだが、一切の反応なし

血液検査

胸部X線検査

左肺葉に軟部組織不透過性の腫瘤
肺門リンパ節の著しい腫大
気管支パターンおよび気管分岐部の圧迫像あり
→ 呼吸困難はこれによるものと判断

次のステップ

この腫瘤は肺がんなのか?

検査所見・治療無反応の経過から感染症(肺炎・膿瘍など)は否定的であり、腫瘍性疾患の可能性が最も高いと考えられました。

この時点で「肺がん(原発性・転移性)」と診断し、終末期宣言をしてしまうケースも少なくありません。しかし、ここで思い出すべきなのが、**バーニーズ・マウンテン・ドッグに多発する「悪性組織球症」**です。

なぜ悪性組織球症を疑うべきか?

バーニーズでは 5頭に1頭がこの腫瘍で命を落とすとも言われる

マクロファージ由来の腫瘍で、肺・皮膚・脾臓・骨髄など多臓器に浸潤

化学療法が有効な場合もあり、診断次第でQOLの改善が可能

腹部超音波検査

後腹膜リンパ節の腫大を認める
→ 全身性疾患の可能性を補強

細胞診検査

肺腫瘤より吸引検体採取
炎症細胞はほとんど認められず
異型性のある独立円形細胞(細胞質に空胞、好中球や赤血球を貪食するマクロファージ様細胞)を検出
→ 悪性組織球症を強く疑う所見

血液検査での貪食像(参考所見)

血球減少は認められず骨髄浸潤の兆候はなし

診断

臨床症状、犬種、細胞所見から
→ 悪性組織球症(Malignant Histiocytosis)と診断

※確定診断には組織検査が必要ですが、今回は全身浸潤が進んでいたため、化学療法による治療的診断を優先

治療内容

COPプロトコール(シクロホスファミド、ビンクリスチン、プレドニゾロン)
ドキソルビシン(ADM)
ロムスチン(CCNU)※日本未承認薬

治療経過

現在治療開始から5ヶ月経過
腫瘍は縮小傾向を維持
呼吸状態は著明に改善し、見た目には正常犬と変わらない
飼い主の満足度も高く、良好なQOLを維持中

初診時

現在

考察と教訓

・悪性組織球症は非常に進行が早く、治療開始のタイミングを逃すと化学療法のリスクが高まる
・本症例のように、肺腫瘍と誤診されやすいケースでは細胞診が重要
・犬種背景(バーニーズ、レトリバー系)と腫瘍の性格を理解しておくことが診断の鍵
・仮に細胞診が困難な症例では、化学療法を試験的に導入する判断もあり得る

まとめ

悪性組織球症は稀な腫瘍ですが、知っているかどうかが診断と治療を大きく左右する腫瘍です。
特にバーニーズ・マウンテン・ドッグやレトリバー犬種においては、肺腫瘤や全身リンパ節腫大を見た際に必ず鑑別に入れるべき疾患です。

本症例のように、適切な診断によって緩和的ではあっても劇的なQOLの改善が可能となることを、今後の臨床に活かしていただければ幸いです。