猫の乳腺にしこりが見つかったとき、多くの飼い主の方が「乳がんでは?」と不安になるかもしれません。
実際、猫の乳腺腫瘍の約85%は悪性と言われており、確かに注意が必要です。
しかし、しこり=がんとは限りません。
今回は「線維上皮性過形成」という、腫瘍ではない乳腺の良性の変化についてご紹介します。
この病態を知っておくだけでも、いざという時の心構えが大きく変わってきます。
線維上皮性過形成は、猫の乳腺が急激に膨らむ現象で、見た目がかなりショッキングなこともあり、「がんかもしれない」と驚かれる方が多い病態です。
ですがこの変化はホルモン(主にプロゲステロン)によって引き起こされる一時的な反応で、腫瘍(がん)ではありません。
若い猫(特に2歳未満)に多く見られます
発情、妊娠、流産、あるいはホルモン剤(プロゲスチン)投与後に発症することが多い
多くの場合、避妊手術やホルモン投与の中止で自然に改善していきます
年齢/性別:未避妊の若齢メス猫
経過:1カ月前に発情があり、その後急激に乳腺の膨らみに気づいた
主症状:特に尾側の乳腺が大きく腫大し、その他の乳頭周囲も軽度に腫脹
触診:腫瘤は比較的柔らかく、熱感なし
超音波検査(写真3):均一な混合エコーを示す所見
細胞診(写真4・5):主に間葉系(非上皮系)細胞が主体で、上皮細胞はわずか
手術所見(写真6・7):皮下組織に**著しい浮腫(水腫)**を確認
これらの所見により「線維上皮性過形成」と診断されました。
均一な混合エコー
間葉系細胞主体
切皮した段階で浮腫が確認できる。
※クリックすると画像が確認できます
皮下織の著しい浮腫
※クリックすると画像が確認できます
線維上皮性過形成の発症には、**プロゲステロン(黄体ホルモン)**が深く関わっています。
妊娠や発情、あるいは人工的なホルモン剤投与により乳腺が過剰反応を起こすと、短期間で急激に膨らむことがあります。
今回の症例では、交配歴はないものの発情の終息後に発症しており、ホルモンの自然な変動が引き金になったと考えられます。
・避妊手術を実施
・腫大した乳腺は、5ヵ月ほどで徐々に縮小していく見込み
・中には数週間で改善する症例もあれば、数ヵ月かかる場合もあり
また、強い炎症を伴う場合は**血栓症(肺血栓症など)**の報告もあるため、慎重な経過観察が必要です。
年齢の違いがヒントに
病態 | 好発年齢 |
---|---|
乳がん | 10~12歳が中心、5歳未満はまれ |
線維上皮性過形成 | 2歳未満が多い |
若い猫で乳腺が腫れている場合は、線維上皮性過形成の可能性が高いといえます。
ただし、見た目や触診だけでは判断がつかないことも多いため、画像検査や細胞診が重要になります。
驚かず、慌てず、まずは診察を
線維上皮性過形成は、猫の乳腺疾患の中では比較的よく見られる一過性の良性病変です。
見た目に驚いてしまいますが、適切な診断と対処を行えば自然と落ち着いてくるケースがほとんどです。
・若い猫の乳腺の急激な腫れは、がんとは限りません
・年齢や発情周期、ホルモン歴を丁寧に把握することが診断のカギ
・避妊手術による改善が期待できる病態
「しこり=乳がん」と決めつけてしまう前に、ぜひ獣医師にご相談ください。
不安を和らげ、猫ちゃんにとって最適な選択を一緒に考えていきましょう。