肝臓腫瘍(低血糖)

「腫瘍」と聞くと、がんが大きくなって臓器を圧迫したり、転移によって機能障害を起こすというイメージがあるかもしれません。
しかし、腫瘍はそれだけでなく、ホルモンやサイトカインなどの化学物質を異常に分泌し、全身に二次的な症状(随伴症候群)を引き起こすことがあります。

本症例では、**「低血糖発作」**という危険な状態を通じて、この腫瘍随伴症候群の存在が明らかになりました。

症例

シーズー×ヨーキーMIX 7歳 避妊メス

主訴

突然の意識低下(30分ほどで回復)、起床時や興奮時にも類似の発作

既往歴

4年前と2年前に乳腺腫瘍の手術歴あり(病理結果不明)

身体検査

全身状態は良好だが、軽度の腹部膨満を認める

血糖値・インスリン測定

血糖値:32 mg/dl(著明な低血糖)
インスリン値:10.27 μU/ml(正常範囲だが、低血糖時に分泌されているのは異常)
※低血糖時にインスリンが分泌されているのは、腫瘍などによる異常分泌が強く疑われます。

X線検査

胃軸の変位と、肝臓と思われる上腹部に不透過性の腫瘤を確認

超音波検査

腫瘤は肝臓に明瞭に連続し、肝臓腫瘍と診断
膵臓やその他の臓器に腫瘍性病変は確認されず

鑑別診断と判断の流れ

低血糖の原因として考えられるもの

1.インスリノーマ(膵臓腫瘍)
2.肝臓腫瘍によるインスリン様物質の異常分泌
3.乳腺腫瘍の肝転移による随伴症候群
4.リンパ腫による代謝異常(低血糖)

このうち、リンパ腫は全身検査で否定されました。
また、針生検による細胞診は、将来的な手術に支障をきたす可能性があるため回避し、診断と治療を兼ねた開腹手術を選択しました。

手術と所見

膵臓

白色小結節が散在 → インスリノーマも完全には否定できないため組織一部切除

肝臓

左外側葉に明確な腫瘍 → 腫瘤を完全切除
他肝葉や臓器への転移は認められず

※クリックすると画像が確認できます

※クリックすると画像が確認できます

術後診断と経過

膵臓病理:膵外分泌過形成(腫瘍ではない)
肝臓病理:低分化型肝胆管がん

術後の血糖値変化

術後経過 血糖値
術中~術後1日目 点滴中:200 mg/dl(高血糖気味
術後2日目 自力で:160 mg/dl → 正常範囲に安定

その後の経過

術後16ヶ月経過時点:化学療法を行ったが、肝臓内に複数の転移を確認
血糖値のコントロールが徐々に困難になっているが、現在も可能な範囲で対応中

まとめ

腫瘍随伴症候群は、腫瘍がつくり出す物質により、動物の生活の質(QOL)を大きく下げてしまう病態です。
本症例では、低血糖が主訴であり、生命を脅かす症状を引き起こしていました。
手術によって腫瘍の一部を減らす(減容積手術)ことは、血糖値のコントロールを回復させ、命をつなぐ唯一の手段だったと言えます。

飼い主の皆様へ

「がん」と診断されると、絶望的な気持ちになるかもしれません。
しかし、今回のように腫瘍が原因で起こっている症状を改善するための“選択肢”があることも事実です。
治療は「根治」だけが目的ではありません。
今のつらい症状を少しでも軽くし、生活の質を取り戻すこともまた、大切な目標のひとつです。