ラブラドール・レトリバー 7歳 避妊メス
2カ月前からの体重減少と腹部膨満、軟便・下痢の継続
著しい削痩と腹部の大きな腫瘤を触知
レントゲン検査:胃を背側・左側に圧迫する軟部組織性腫瘤を確認
超音波検査:腫瘤は肝臓の左葉由来で、実質性
腫瘍の名前を特定しなくても、次の3つの問いに答えることで治療の判断は可能です。
1.「取る意味があるか?」
・腫瘍は肝臓左外側葉に限局し、転移所見なし
2.「取れない位置ではないか?」
・肝臓の右葉系腫瘍は大静脈と絡みやすく切除困難な場合が多い
・本症例では左葉系腫瘍で、胆嚢を右に圧迫していたことから切除可能と判断
3.「手術に耐えられるか?」
・全身状態は痩せてはいたが良好
・凝固系・FDPなどもチェックし、DIC(播種性血管内凝固症候群)は否定
・腫瘍は肝臓左外側葉に限局し、転移所見なし
・もし良性であれば根治の可能性、悪性でも生活の質を守る減容積手術として意義がある
・手術によるQOL改善の可能性を重視し、理解と同意を得て手術を実施
・出血対策としてデキストランなどの代用血漿、血圧低下用のドパミンを準備
・腫瘍圧迫による呼吸抑制を避けるため、頭部を挙上して保定
・開腹すると、腫瘍には大網膜や腹膜下脂肪(鎌状靱帯)との癒着が認められた
・癒着部は慎重に剥離し、組織シーリングシステムを使用して止血
・**信頼できる縫合糸(2号シルク)**で腫瘍基部を結紮し、左外側葉を切除
・腹腔内を洗浄し、転移なしを確認して閉腹
※クリックすると画像が確認できます
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診断名:肝細胞がん(高分化型)
※肝細胞がんは犬の肝腫瘍で最も多く、高分化型であれば進行が緩やかなことが多い
抗がん剤の効果は限定的だが、外科切除により良好な経過を得られる症例も多い
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・術後すぐに軟便・下痢が改善
・体重もみるみる増加し、元気な日常を取り戻す
・現在は補助治療なしで、定期的な経過観察を実施中
腹腔内腫瘍に対しては、**「どの腫瘍か?」よりも「取るべきか、取れるか、取って意味があるか」**を優先して判断することが大切です。
たとえ悪性腫瘍であっても、以下の明確な目的があれば、外科治療が最も有効な手段になることもあります。
・破裂や臓器圧迫のリスク回避
・食欲や排便など生活の質の改善
「腫瘍だからすぐに手術は怖い」「診断がつかないと踏み出せない」と不安になるお気持ちはよく分かります。
でも、症状が進んでからでは選択肢が減ってしまうことも事実です。
今回のように、可能性に賭けた判断が命を救うこともあります。
一緒に悩み、一緒に選びましょう。どんな些細なことでもご相談ください。