リンパ腫

症例

ゴールデン・レトリバー 10歳 去勢オス

主訴

左右下顎のリンパ節の腫れ(4カ月前より)、その後他部位のリンパ節も腫脹

身体検査

多中心性リンパ節腫大を確認(各リンパ節:直径3〜4cm)

画像検査

腹腔内リンパ節の軽度腫大を確認

細胞診(浅頚リンパ節)

単一な小型リンパ球(赤血球の約1.5倍)の増殖を確認
一見良性にも見えるが、高分化型リンパ腫を疑わせる所見

血液検査

白血球の分布は正常
異型リンパ球の出現なし

診断の考え方

リンパ腫の診断・分類には**「新Kiel分類」**が非常に重要です。
これは単なる学術的な分類ではなく、治療方針や予後の見通しを左右する臨床的な指標となります。

未分化型(悪性度高い)
High-Grade
高分化型(悪性度低い)
Low-Grade
B-cell B-cell High-Grade 発生率59%
良く遭遇するタイプ
抗がん剤への反応良い
積極的に治療すべし
B-cell Low-Grade 発生率9%
比較的長期生存可能:渡辺兼タイプ
積極的な治療必要なし
ステロイド クロラムブシル
T-cell T-cell High-Grade 発生率21%
抗がん剤への反応が悪かったなと感じていたタイプ(縦隔・消化器)
アルキル化剤に期待
T-cell Low-Grade 発生率12%
菌状息肉腫がこれ
比較的長期生存可能
抗がん剤への反応悪し

本症例の診断とステップ

細胞診の所見からは明確な診断はつかず、以下の点が問題となりました

・小型で単一なリンパ球が優勢 → 高分化型(Low-Grade)を疑う所見
・ただし、細胞診のみでは確定できない

必要な検査

・リンパ節廓清(外科的切除)
・PCR検査によるクローナリティ判定(T細胞かB細胞かの分類)

※PCR検査によるクローナリティとは
通常は様々なT細胞・B細胞が混在しているリンパ節において、一種類のリンパ球ばかりが増殖している状態(=腫瘍性)を検出する遺伝子検査です。

診断結果

組織検査:高分化型(Low-Grade)リンパ腫
PCR検査:Bリンパ球系の腫瘍性増殖を示唆

経過

・無治療で6カ月が経過
・日常生活に支障なし
・わずかに末梢血リンパ球数の上昇があるものの、極めて良好な経過

※参考:通常の未治療リンパ腫の平均生存期間は約90日

獣医師として伝えたいこと

なぜ分類が重要か?

・高分化型リンパ腫は進行がゆるやかで、治療を必要としない場合もあります
・一方で、未分化型(High-Grade)は早期からの積極的治療が必要

したがって、「リンパ腫」とひとくくりにせず、どの分類に属するかを見極めることが、最適な治療方針と予後判断につながります。

飼い主の皆様へ

「リンパ節が腫れている=すぐに抗がん剤が必要」と思っていませんか?
実は、リンパ腫にも種類があり、その性質によって治療の必要性は大きく異なります。

・今回のような高分化型リンパ腫であれば、すぐに治療を始める必要はない場合もあります。
・不必要な治療を避け、動物のQOLを守るためにも、正確な診断と分類が何より大切です。

最後に

リンパ腫の診断に迷ったときは、

・組織検査(リンパ節廓清)
・PCRによるクローナリティ検査

この2つを行うことで、確実な診断と適切な治療判断が可能になります。
今後も、過剰な治療に頼らず、動物にとって本当に必要な医療を選択できるよう、丁寧な診断と説明を続けていきたいと思っています。