今でこそ獣医療でも一般的になりつつある「分子標的治療薬」ですが、その初期の衝撃は今でも忘れられません。
最初に「グリベック(イマチニブ)」の効果を目にした時、まさに肥満細胞腫の救世主のような印象を受けました。
そして日本でも、同様の作用を持つ**「パラディア(トセラニブ)」**が動物薬として正式に認可され、臨床で活用されています。
この薬は、**KIT、PDGFR(血小板由来成長因子受容体)、VEGFR(血管内皮増殖因子受容体)**などを標的とし、がん細胞の増殖を制御します。
最近では、肥満細胞腫以外の腫瘍にも効果を示す例が報告されるようになっており、私たち臨床現場でもその可能性に期待が高まっています。
ボーダーコリー 13歳 去勢オス
なんとなく元気がない
初診時 胸部レントゲン検査 ラテラル
胸部レントゲン検査 VD
初診時 肝臓超音波検査
来院時の検査にて、肺および肝臓に結節性腫瘤を複数確認。
転移性疾患が強く疑われましたが、明確な原発巣は特定できませんでした。
細胞診:リンパ腫・組織球性肉腫は否定できず、明確な診断には至らず
全体評価:進行期であり、外科的・化学療法的な根治は難しいと判断
飼い主様と話し合いのうえ、これ以上の積極的検査は行わず、緩和的治療を希望されました。
そこで、効果があるかどうかは試してみなければ分からないが、反応すれば劇的な改善が期待できる「パラディア」の使用を提案しました。
1ヵ月後
1ヵ月後
投与前 拡大 ラテラル
投与後 拡大 ラテラル
投与前 拡大 VD
投与後 拡大 VD
パラディアの投与から1カ月後の画像診断では、腫瘤に明らかな変化が認められました。
Before:治療前
・肺および肝臓に明確な実質性腫瘤を確認
After:治療1カ月後
・腫瘤が空洞化し、実質が抜け殻のような状態に変化
・中心壊死が進行性ではなく、縮小方向に進んでいると評価
人の扁平上皮癌などでも中心壊死による空洞形成はありますが、本症例では進行性というよりは、腫瘍が崩壊して縮小した印象を受けました。
この症例は、まさにパラディアが新たな選択肢となり得る可能性を示してくれた貴重な経験でした。
しかしながら、注意すべき点もあります。
・すべての腫瘍に有効なわけではない
・適切な診断を経ずに**「とりあえず使う」治療にはリスク**がある
・他の従来の抗がん剤治療を無視する風潮には抵抗感もある
分子標的治療薬は非常に強力な武器ですが、それゆえに慎重な症例選択と適切な使用が求められます。
・パラディア(トセラニブ)は、肥満細胞腫以外のがんにも効果がある可能性が報告されている
・本症例では、原因不明の肺・肝臓腫瘍に対し劇的な縮小効果が見られた
・すべての症例で効果があるわけではなく、慎重な判断と使い分けが必要