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水際での腫瘍学 実践症例検討

突然ですが、断脚だのアゴをとるだの腫瘍外科はあまり気持ちの良い仕事ではありません。
できることなら外観上の変化なくQOLが維持できれば最高なのですが、なかなかそうもいかないのが困ったところです。
しかしながら癌治療において最大の外科治療が全てではないケースもあります。

症例

雑種犬 13歳 去勢オス

経過

10ヶ月前より右後肢大腿部にシコリがあり大きくなるまで放置していた。

局所所見

大腿部外則に長径15cmの巨大なやや軟性腫瘤が存在し可動性はあるものの一部は強度に固着している。

一般検査所見

膝窩・ソ径リンパ節腫大無し。

画像診断検査

腫瘤は軟部組織性で骨浸潤無し その他転移所見無し。

細胞診

単一非上皮系細胞群。細胞の形態は比較的均一。

以上の結果から良性・悪性を含む腫瘍性病変であり、大きさから考えても切除は免れないと思われます。では術式は?断脚なのか局所切除なのか?
このように組織結果によって術式が大きく変る場合は組織検査が必須です。とまあ堅苦しく言えばそうなのですが、実際頭の中では血管周皮腫など、そんなに悪性度の高くない軟部組織肉腫を疑っています。その理由は、老齢犬の四肢に発生・増大スピード・孤立性・軟らかい・自潰が無いなどです。
血管周皮腫のキャラクターは、比較的良性の挙動をとる軟部組織肉腫です。悪性ですから転移も少なからずともします。5%くらいと言われています。しかしながら術後の再発率が高く大きな腫瘍の場合、局所切除のみではまず間違いなく再発するでしょう。ですから教科書的には断脚もありとされています。
では本症例のような場合あと数年の余生を過ごすわけですが、転移性が低く悪性度も低い腫瘍と言う事を加味して、本当に断脚をして根治を選ぶのか?足は温存して再発覚悟で騙し騙し行くのか?後は担当医と飼い主が十分に話し合って決定します。

病理組織検査

コア生検を実施しました。その結果は血管周皮腫:異型中程度 核分裂少数
コア生検のポイントは、生検を行なった部分の皮膚は必ず一緒に切除しなければなりませんので、術者自身が行なう方が有利です。手術を想定して生検ができるからです。私自身は生検時に生検針を挿入した場所が分からなくならないように1糸縫合糸を掛けておきます。本症例の場合はどの道取らなければならない部位、自潰しそうも無い固着している所から採材します。

診断

血管周皮腫 T4N0M0

治療

本症例の場合は局所切除を実施しました。当然、手術の目的は対症治療であり再発前提の手術になります。今後は騙し騙しコントロールするとは言っても毎月切除が必要な手術はしてはいけません。なぜなら、軟部組織肉腫は手術を繰り返し行なう事によって転移率が上がってしまうからです。そのため、より長期間再発のコントロールを目指すには術後放射線治療も必要となります。

外科治療

腫瘍前面は固着が強く筋膜への浸潤が考えられます。後面は指も十分に入りますので固着は少ないと判断します。もともと再発覚悟の手術ですから皮膚ばかり大きく切除しても底部に腫瘍細胞が残るわけですから、皮膚は縫合に必要な分はある程度は残して切開をします。

皮膚を残すといっても腫瘍細胞が明らかに浸潤している部位はダメです。判断は固着に頼るしかありませんので皮膚と腫瘍がルーズな部位を残すようにします。腫瘍表面には無数の血管が存在し、切除・剥離する層を間違えると恐ろしいほど出血することが有ります。腫瘍は一見皮膜に覆われているように見えますが組織上はその皮膜外にも腫瘍細胞は浸潤しています。ですから固着が弱い部分も1mmでも多く腫瘍側に組織を残して剥離します。筋膜まで切除できればベストです。固着の強い部分は筋膜もしくは筋膜直下の筋肉ごと切除します。ここで手を抜けば肉眼的にも腫瘍を残す事になります。

※クリックすると画像が確認できます

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経過

術後病理検査結果ではマージン(-)という結果で、コスト・労力の問題もあって放射線治療は実施できませんでした。補助治療としてピロキシカム投与を実施しました。
約1年3ヵ月後に術部直上に再発を認め、再度切除を行ないました。再発した部分は1度目の手術時に筋膜まで浸潤していた部分でした。その後、再発はなく良好な生活を送っていましたが、最初の手術から2年3ヵ月で他の原因により亡くなりました。

軟部組織肉腫は、局所浸潤性は強いものの遠隔転移性は弱いので拡大切除が上手くいけば根治も夢ではない腫瘍です。しかし、その中でもより良い挙動の腫瘍が存在しています。中途半端な対応は危険なのは事実ですが、その腫瘍と共存する事も可能です。