犬の肥満細胞腫は、腫瘍の中でも詐欺師と言われるくらい多種多様、しかも様々な部位に現れます。
この腫瘍は細胞診検査でほとんどが診断可能で、臨床の現場でも即、治療に取り掛かることが出来ます。
また、肥満細胞腫の出血が止まりづらいなどの特性からも、その後の検査や治療方法も変ってきます。
ラブラドールレトリバー 8歳 避妊メス
ヨダレに血が混じり、舌の奥にシコリがある事に気がつき来院。
1ヵ月前より口臭が酷かった。
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舌の奥方向3/4に腫瘤は存在し、表面は自壊・出血しています。腫瘤は大きな物の他にも小腫瘤が周囲に存在しています。
口腔周囲リンパ節腫大なし。
頚部・胸部・腹部X線検査、腹部超音波検査問題なし。
「次にどうするか??
舌に発生するシコリの64%が悪性腫瘍です。中でも、メラノーマ・扁平上皮癌・血管肉腫・線維肉腫などの発生が一般的です。
無麻酔下では舌の奥方向にシコリがある事は確認できましたが、さすがに無麻酔で細胞診を行なうには元気が良過ぎました。だったら麻酔をかけて組織検査、場合によっては少しでも削り取ってしまえば・・・・などと欲がでてしまうものです。私も、組織検査を行なうつもりで麻酔の許可を貰った訳で、そのまま、ツルーカットなどの太目の組織針で事を終わりにしようとしたのですが、念のために細胞診をしておこうと思いとどまったわけです。
結果は意表を突いて肥満細胞腫でした。軽度核異型のある独立円形細胞で細胞質内に顆粒を多く含む細胞群。バックグラウンドにも多くの顆粒が存在しています。
舌の肥満細胞腫。リンパ節浸潤、転移所見は無いにしても腫瘍が大きなこと・周囲の舌組織にも小さな腫瘤が存在する事から根治は難しいと思われました。
今後のQOLの事も考えれば舌全切除は避けたいところです。まずはステロイドの反応をみることにしました。もちろん化学療法を併用しても良いと思います。この時は、反応次第での外科手術を考えていましたので癒合の事も考え使用しませんでした。
2週間後にはステロイドに非常によく反応し、腫瘤表面の自潰もなくなりました。大きさもかなり縮小しましたので手術を実施することとし、
幸いにも腫瘍は舌全層には達しておらず減容積手術が可能でした。
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術後約10ヶ月間ビンブラスチンの投与により再発転移はありませんでしたが
休薬後2ヶ月で咽喉頭リンパ節浸潤と舌に再発が認められリンパ節の切除は可能でしたが舌切除は断念し化学療法および放射線治療を検討しました。術後よりCCNU:ロムスチンを使用したところ幸いにも反応が良く、放射線治療無しでも診より20ヶ月になりますが良好にコントロールしています。
今回の症例は診断時に危うく組織検査をしかねない症例でした。もしもメスを入れたり、ツルーカットを入れたりすれば処置後に出血が止まりづらく嫌な思いをしたことでしょう。肥満細胞腫の細胞診は一部の顆粒が少ないパターンを除けば、院内での敏速な診断が可能な腫瘍です。