当動物病院のご案内

症例

ビーグル 15歳 避妊メス

主訴

慢性外耳道炎で洗浄と抗生剤に反応はするも、中止するとすぐに排膿してしまう。

局所所見

左側水平耳道内に耳道を完全に塞ぐように腫瘤が存在し、周囲耳道の炎症も強い。

X線検査所見

頭部単純レントゲン検査では左側耳道内に存在する腫瘤状陰影(黄色→)を確認。腫瘤は水平耳道内で鼓膜方向へは侵入していない。(赤→)
頭部斜位撮影では鼓室胞の透過性は正常。(青→)

「先生なら次のステップは??」
爪周辺、特に注意しなければいけない部位は爪と指の境で、その部位は爪床(ネイルベット)と言います。この部位の盲点は、場所が場所だけに感染が強い事が多く骨髄炎にでもなれば骨吸収も考えられます。そのため、腫瘍だった場合の診断までの時間が長くなり治るものも治らなくなるのです。
発生する腫瘍は扁平上皮癌が多く、次いで悪性メラノーマや軟部組織肉腫・肥満細胞腫などの発生が認められます。特に黒色の大型犬種には扁平上皮癌発生の危険性が高いとされています。写真はラブラドールレトリバーの狼爪に発生した扁平上皮癌です。

インフォームドコンセント

先にお話したとおり、CT・MRI検査を実施しないで手術に踏み切る場合、術式を大幅に変更せざるを得ない可能性があります。特に全耳道切除を実施した場合、鼓室の感染が強くその処理を怠れば排膿が続くことになります。
顔面神経については皆様ご承知のとおりです。また、悪性度の高い腫瘍であれば再発転移の可能性もあるわけです。
十分な説明が必要です。

外科治療

予定術式は垂直耳道切除で可能な範囲で水平耳道を切除します。術式は一般的な術式と同様ですが、幾つかポイントを述べておきます。
アプローチは垂直耳道の中央やや上方で耳道軟骨まで剥離する際に顔面神経回避できる部位が目安です。最初、耳道内に鉗子を挿入し持ち上げる事で容易に耳道軟骨を確認できます。
耳道の全周を剥離した段階でカテーテルなどを使用し牽引すると、より剥離が楽になります。

カテーテルで耳道を牽引し剥離を進める
※クリックすると画像が確認できます

耳道開口部で耳道軟骨を切断します。耳道軟骨を周囲組織から剥離し垂直耳道、水平耳道へと剥離を進めますが顔面神経への配慮が必要です。コツとしては極力、軟骨組織ぎりぎりで剥離をすすめれば顔面神経を傷つける事はありません。
腫瘤の存在している部位あたりまで剥離を進め、ラッパ状の耳道軟骨を切開し病変部を確認します。この段階で全耳道切除の必要性を評価します。幸いにも本症例は画像診断結果どおり鼓膜より奥方向の腫瘍浸潤は無く、有茎ポリープ状の病変でした。浸潤性が強く悪性度の高い腫瘍の場合は全耳道切除が選択されます。

耳道軟骨を切開し病変部を確認する。
※クリックすると画像が確認できます

肉眼上正常と思われる部位で耳道軟骨を切除し、残った水平耳道と皮膚の縫合を行います。1糸づつ縫合してしまうと段々と縫合が難しくなってしまうため結紮は最後にし、運針のみ行います。

※クリックすると画像が確認できます

縫合終了時

病理組織検査結果

低悪性度耳垢腺癌 マージン部分に腫瘍細胞なし。

治療経過

術後は非常に良好で今までの排膿が嘘のようになくなりました。新しく開口した耳道口は周囲の皮膚から発毛をしますので定期的に毛を刈る必要があります。また、通常の耳垢は定期的にクリーニングする必要があります。

術後1ヵ月

耳道切除は水平耳道が残せるかどうかで難易度が変ると思います。今回の症例のようにある程度術前に術式が予測できる症例は良いのですが、単純レントゲンでの診断が難しい症例では、見切り発車での手術はそれなりの覚悟が必要でしょう。私なら迷わず断層撮影のできる環境で手術の得意な先生に紹介します。