爪は簡単には取れません。しかし、爪が取れていつの間にかそこから腫瘍が飛び出てくる事があります。
爪床腫瘍です。
一般的に爪が取れて抗生剤等の治療をしているのにも関わらず、いっこうに良くならずいつの間にか腫れてくる。
そんな経過をたどります。
ゴールデンレトリバー 11歳 オス
3ヵ月前に爪が割れ、急速にその部分が黒色に腫れてきた。
左前肢第4指の爪が完全に欠損しており爪床からやや黒色の腫瘤が突出してきている。
腋窩リンパ節など腫大無し。
第4指末節骨の吸収像とその周囲の軟部組織性の腫脹を認める。
遠隔転移所見なし。
「先生なら次のステップは??」
爪周辺、特に注意しなければいけない部位は爪と指の境で、その部位は爪床(ネイルベット)と言います。この部位の盲点は、場所が場所だけに感染が強い事が多く骨髄炎にでもなれば骨吸収も考えられます。そのため、腫瘍だった場合の診断までの時間が長くなり治るものも治らなくなるのです。
発生する腫瘍は扁平上皮癌が多く、次いで悪性メラノーマや軟部組織肉腫・肥満細胞腫などの発生が認められます。特に黒色の大型犬種には扁平上皮癌発生の危険性が高いとされています。写真はラブラドールレトリバーの狼爪に発生した扁平上皮癌です。
扁平上皮癌は局所浸潤性が高いものの転移性が低いため根治の可能性があります。しかしながら悪性メラノーマの場合は転移性が強く根治はより難しくなります。そうしますと、扁平上皮癌と悪性メラノーマを鑑別する事はインフォームドコンセントに大きく影響するため細胞診検査が重要な役割を果たします。
メラニン顆粒を持つ単一な細胞群が認められます。感染を示唆するような所見は全くみられない事からも腫瘍性病変と診断できます。
総合的に判断しますと、発生部位・腫瘤の増大速度・レントゲン所見・細胞診所見などから悪性メラノーマ(T4N0M0)が一番に考えられます。もし良性腫瘍であっても内科的には根本治療は望めず外科的切除が最良な方法と判断しました。
第4指基節骨まで術後機能不全が最小で最大のマージンが取れる範囲での切除を実施しました。
※クリックすると画像が確認できます
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術後当日はさすがに痛みもあり跛行します。しかし、翌日からは跛行も弱くなり数日で通常どおりの歩行が可能です。術後1ヵ月もすれば写真のとおり外観上ほとんど違和感は無くなり、飼い主も、指を取ってしまったと言う罪悪感から開放されます。何よりも術前と比べると動物たちの表情が違ってくるのには驚きです。
病理組織検査結果は悪性メラノーマでした。転移性の高い腫瘍ですから補助的化学療法をお薦めしましたが選択されませんでした。ピロキシカムのみで経過を観察しています。
断脚・断指など外観上の変化が著しい手術は、飼い主にはなかなか受け入れがたいものです。しかし我々獣医師は、患部をそのままにしておいた場合どのような状況になり、どれだけQOLを落としてしまうも知っています。術後の機能障害も第4指断指でしたら一切ありません。適切なインフォームドコンセントさえしていれば十分に納得してもらえると思います。前回の症例同様、このような腫瘍かどうか分かりにくい病変は時間が経ってしまうと断指だけでは済まなくなってしまいますので注意が必要です。