猫の整形外科疾患は犬ほど一般的ではなく、骨折や脱臼といった外傷が大部分を占めます。20年ほど前までは屋外に出る猫が多かったため、交通事故による外傷が多くみられましたが、近年では屋内飼育される猫が増加傾向にあり、屋内での骨折が増えてきました。
成長板とは成長期に骨をつくる工場のようなもので、軟骨で構成されています。
犬では1歳を迎える頃には身体のすべての成長板が閉鎖します(成長が止まる)が、猫では背骨や肩関節、手根関節、膝関節に隣接する成長板は14–24ヵ月齢に閉鎖するとされています。
したがって成長板での骨折は、猫では2歳頃まで注意が必要になります。
犬は平原で生活して集団を作って狩りを行うために走ることに特化したのに対し、猫は森の中で暮らし、物陰に身を潜めて狩りを行うために木登りのできる器用な前肢に特化しました。犬では鎖骨が退化して肩関節が前後方向によく動くようになったことで速く走れるようになったのに対し、鎖骨をもつ猫の肩関節は前後だけでなく、内外側方向にも器用に動かすことができます。また、猫は獲物を押さえ込むような器用な動きができるため、その動作に関わる筋肉がよく発達しています。
猫は瞬時に獲物に飛びかかったり、高い場所にジャンプしたりするため、犬に比べて瞬発力に長けています。ジャンプするときには、瞬間的に体重の約3倍の負荷が後肢にかかるため、猫の後肢の骨折で手術を行う場合には、十分な強度の固定と術後の運動制限が必要になります。
猫の骨は、犬の骨に比べてより直線状の形態をしています。
骨は皮質骨という表面の硬い部分と、海綿骨という内部の網目状の部分の2層構造で構成されています。猫の骨は、犬に比べて皮質骨の割合が小さいため、外傷で骨折が生じた場合には、折れた骨のまわりに亀裂が入りやすい傾向があります。この亀裂に気づかずに手術を行うと、早期にインプラントの破綻などのトラブルが生じる可能性があるので、注意が必要です。
猫の関節は、犬に比べて関節可動域(曲げたり伸ばしたりできる範囲)が広い傾向があります。猫は犬と比べて一次性の骨関節炎が多いとされており、中年齢以降には活動性の低下やジャンプしないといった行動の変化が認められることがあります。犬のように跛行や挙上といった目立った症状を出しにくいので、注意が必要です。
猫の整形外科の病気のなかで最も多いのは骨折です。
猫は犬に比べて野生での生活能力を色濃く残しており、骨折しても自然に治ったり自分でなんとかすると思われていることがあります。猫は自己治癒能力が高いわけではなく、損傷した機能を代償する能力を有しているだけであることを知っておく必要があります。特に折れた骨の変位(ずれ)が大きい場合には、癒合不全、変形癒合、骨髄炎(折れた骨に細菌感染が生じること)のいずれかになり、歩行できるようになったとしても正常な機能を回復することはありません。
猫はヒトと違って自分のケガと安静の必要性を理解できないので、手術が必要となることがヒトよりも多いです。骨の中には生きた細胞があり、骨折しても治る能力を備えています。しかし条件を整えないと、骨は癒合しません。骨が癒合するための条件は、病院で判断してもらいましょう。
上腕骨は体重のかかる骨であり、包帯による安定化が難しい場所なので手術が必要です。
上腕骨はまわりに筋肉が多く、損傷すると重篤な後遺症(前肢のナックリング)が残る神経が走っているため、骨折治療のなかでも難易度が高いとされています。
骨折したあとはケガをした足を挙げていることが多く、手術の前に麻痺があるかの判断が難しいため、術後は慎重な経過観察が必要です。
肘に近い尺骨の骨折に加えて橈骨頭の脱臼が併発することをモンテジア骨折といい、落下などの外傷によって生じることが多いとされています。
尺骨近位は、上腕三頭筋によって強力に牽引されるため、包帯で安定化させることは難しく、手術による安定化が必要です。
モンテジア骨折は、ヒトの分類(Bado分類)が用いられることが多いですが、治療には肘関節を構成するどの靱帯が損傷されているかをしっかり評価することが大切です。モンテジア骨折には、正確な診断と固定技術が必要であり、骨折治療のなかでも難易度が高いとされています。
肘関節は以下の靭帯によって構成されています。
・内側および外側側副靭帯(上腕骨–橈骨間、上腕骨–尺骨間をつないでいる)
・輪状靱帯(橈骨–尺骨間をつないでいる)
橈尺骨は体重のかかる骨なので、よほど好条件が揃わないかぎりは手術が必要です。
前腕は橈骨と尺骨という2本の骨から構成されています。犬の尺骨は橈骨に比べて非常に細いですが、猫の尺骨は橈骨と同じくらいの太さがあります。また、犬は橈尺骨間靭帯の存在によって橈骨を安定化させれば尺骨もある程度整復されますが、猫はこの靭帯が緩く足先を回す回内・回外運動を多く行うため、尺骨は橈骨とは別になおす必要があります。
骨盤の骨折は、猫の骨折のなかでも比較的発生が多く、全体の約20–30%を占めます。骨盤骨折は、交通事故や高所からの転落によって起きることが多いため、他の臓器の損傷(気胸、血胸、尿路損傷、横隔膜ヘルニア、神経の損傷など)や出血による貧血などの問題が併発していないか注意が必要です。
骨盤は腸骨、寛骨、坐骨、恥骨からなる箱型の構造をしており、体重のかかる領域である仙腸関節、腸骨、寛骨臼で骨折や脱臼が生じた場合には手術が必要です。この領域の骨折・脱臼をそのままにすると、便の通り道である骨盤腔が狭くなって将来的に排便障害を起こすことになります。また、寛骨臼のうしろには坐骨神経が通っており、寛骨臼周囲に骨折が生じた場合には、後遺症として麻痺が残らないか注意が必要です。
大腿骨の骨折は、猫の骨折のなかでもっとも発生が多く、全体の約30%を占めます。大腿骨は体重のかかる骨であり、大腿骨のまわりは筋肉がよく発達しているため、包帯による安定化が難しい部分です。したがって、骨折してしまった場合には手術で治す必要があります。
また、骨折した場所の周囲の出血や浮腫によって筋膜(筋肉を覆う硬い膜)内の圧力が上昇し、大腿四頭筋が拘縮※1してしまうことがあります。そのため、早い段階で治療する必要があり、また術後の経過には注意が必要です。
※1 拘縮:筋線維の損傷・壊死によって、筋線維がほかの組織に置き換わり、伸び縮みする能力が失われることで、関節の可動域が著しく減少すること。
大腿骨近位骨折は、大腿骨の上部(股関節付近)に生じる骨折です。おもに落下や交通事故などの外傷によって発生し、後ろ足を引きずる、歩かなくなる、痛がるといった症状がみられます。
この骨折には、大腿骨頭骨折、成長板骨折、大腿骨頚部骨折、大転子裂離骨折などが含まれます。特に、1歳未満の若い猫に多く発生し、適切な治療をしないと関節の変形が生じたり、運動機能に障害が残ることがあります。
治療は、ピンやスクリューを用いた手術が基本で、術後に跛行(足をひきずる歩き方)が残ったり関節炎が生じたりしないか注意が必要です。ケガをして時間が経過すると、骨同士がぶつかって削れてしまい、元通りにつなぐことが難しくなるため、早期の治療が大切です。その場合には。大腿骨頭切除術(FHO:Femoral Head Osteotomy)という手術が選択されることもあります。これは大腿骨頭と大腿骨頚部を切除し、痛みを軽減する手術で、生活の質をある程度維持するために有効な選択肢となります。
大腿骨頭滑り症(slipped capital femoral epiphysis, SCFE)は、成長板が正常に閉じず、大腿骨頭の成長板(骨端線)がずれてしまう病気です。一般的に外傷なしに発症することが多く、特に2歳前後で去勢済みの太った雄猫で起こりやすいとされています。
レントゲン検査で大腿骨頭のずれ(変位)を確認して診断します。治療としては、元の位置に戻して固定が可能であればピンによる固定手術を行います。しかし、経過が長く、元の位置に戻して固定するのが難しい場合には大腿骨頭切除術(FHO)が推奨されます。
いずれの骨折も手術の難易度が高いため、専門医による早期診断と治療が推奨されます。
脛骨の骨折は、猫の骨折のなかでは比較的発生が多く、全体の約10–20%を占めます。脛骨は腓骨とともに骨折することが多く、高所からの転落や外傷後に生じやすいとされています。
脛骨の骨折は骨幹部から遠位側に生じることが多く、骨幹部は筋肉などの軟部組織によるサポートが少ないため、粉砕骨折や開放骨折が起こりやすいです。また、脛骨は骨のまわりの血管供給が少なく、軟部組織による支持も少ないため、他の骨に比べて癒合遅延や癒合不全が生じやすいとされています。
脛骨は大腿骨に比べて包帯による安定化がはかりやすいですが、体重がかかる骨なので、骨折した場合には基本的に手術が必要です。
中手・中足骨の骨折は、猫の骨折のなかでは約2%程度と少ないケガです。
主な原因は高いところからの落下や交通事故で、歩き方がおかしい、足を痛がる、腫れるといった症状が現れます。
体重を支える骨である第3・第4中手骨・中足骨(中指と薬指に相当)が骨折した場合や、骨が大きくずれている場合には、手術が必要です。
一方で、第2・第5中手・中足骨(人差し指と小指に相当)の単独の骨折や、骨のずれがほとんどない場合は、ギブスや包帯で固定する保存療法が一般的です。
肘関節脱臼は、肘の関節が外れてしまうケガです。高いところからの落下や交通事故などの強い衝撃が主な原因で、前足を引きずる、肘が曲がったまま伸びない、痛がるといった症状がみられます。肘関節は、上腕骨・橈骨・尺骨の3つの骨から構成され、もともと安定した関節です。しかし、強い外力が加わると橈骨や尺骨がずれてしまい、関節が正常な位置から外れてしまうことがあります。
診断はレントゲン検査で行い、関節のずれや周囲の骨折の有無を確認します。特に、橈骨頭の脱臼や尺骨の骨折(モンテジア損傷)を伴うことがあるため、慎重な診断が必要です。
ケガをした直後であれば、全身麻酔下で関節を元の位置に戻す(非観血的整復)ことを検討できます。整復後は関節の安定性を確認し、2~3週間程度はギブス固定を行います。非観血的整復で元に戻せない、非観血的整復後に再脱臼してしまう、骨折を伴っている場合には手術による治療(観血的整復)の適応となります。手術では、損傷した靱帯を人工靱帯で再建します。
早期に治療を行えば、良好な回復が期待できます。しかし、長期間放置すると関節の変形や慢性的な痛みが残ることがあるため、できるだけ早めに治療を受けることが大切です。
手根関節脱臼は、猫の前足の手首(手根関節)が外れてしまうケガです。
主な原因は高いところからの落下や交通事故で、前足をかばう、手首が不安定になる、痛がるなどの症状が見られます。
手根関節は、複数の骨と靭帯で構成された複雑な関節で、外力によって靭帯が損傷し、関節がずれることで脱臼が起こります。特に、手のひら側(掌側)の靭帯や関節包が損傷すると、手首が後ろに反り返る“過伸展脱臼”を引き起こします。
診断はレントゲン検査で行い、関節のずれや靭帯損傷の有無を確認します。さらに、ストレスレントゲン(関節に負荷をかける撮影法)を行うことで、関節の不安定性を詳しく評価します。
軽度の靭帯損傷や部分的な脱臼であれば、ギプスや包帯で固定し、3~4週間の安静で回復を目指します。手根関節が脱臼している場合や関節を構成する靱帯が断裂している場合には手術の適応となります。手術では、靭帯の修復や、プレートやピンを用いた関節固定(関節固定術)を行います。特に、関節の安定性が損なわれている場合は「部分的関節固定術」または「全関節固定術」が適応となることもあります。
膝蓋骨脱臼とは、膝のお皿(膝蓋骨)が正常な位置から外れてしまう状態です。
先天的な要因や高いところからの落下、事故などの外傷が原因となることがあります。多くの場合、内側に外れることが多く(内方脱臼)、両足に発生することもあります。
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特に、デボンレックスやアビシニアンといった猫種で発生しやすいことが報告されています。
膝蓋骨脱臼が軽度の場合には、症状がほとんどなく、健康診断などで偶然発見されることもあります。膝蓋骨脱臼が進行した場合には、歩き方が不自然になる、足をかばう、急に座り込む、ジャンプを嫌がるなどの症状が現れることがあります。
診断は、膝蓋骨の動きを確認する触診やレントゲン検査で行います。
脱臼の程度はグレード1~4で分類され、重症度に応じて治療方針が決まります。軽度(グレード1~2)で症状がない場合には、安静や体重管理、サプリメントなどで経過観察を行います。それに対して、頻繁に脱臼が起こる、足を引きずるなどの歩行異常がある場合には、手術が推奨されます。
猫の膝蓋骨脱臼の外科手術は、犬に比べて合併症(再脱臼など)の発生率が高いと報告されています。そのため、専門医による診断・治療が推奨されます。
前十字靭帯(CrCL:Cranial cruciate ligament)は、膝関節の安定性を保つ重要な靭帯です。この靱帯が断裂すると、膝が不安定になり、痛みや跛行(足を引きずる動き)が発生します。主な原因は高いところからの落下や交通事故などの外傷ですが、肥満や加齢による変性が関与することもあります。特に中高齢の猫や太り気味の猫に発生しやすいとされています。
症状は急性断裂では、突然の跛行、後ろ足をかばう、動きたがらないなどの症状が現れ、慢性断裂では、軽度の跛行が持続したり、ジャンプを嫌がる、関節が腫れるなどの変化がみられます。診断は膝関節の触診(前方引き出し試験・脛骨圧迫試験)やレントゲン検査で行います。断裂が進行すると、関節炎が発生するリスクが高くなります。
治療には保存療法と外科療法があります。軽度の痛みや体重が軽い猫には保存療法が推奨され、安静や体重管理、鎮痛剤の投与を行います。4–5週間の経過観察で回復することもありますが、症状が改善しない場合には手術を検討します。手術は痛みや跛行が続く場合や関節の不安定性が強い場合に検討します。手術には、人工靱帯によって関節を安定化させる「関節外法」や、骨の形を調整して安定化させる「矯正骨切り術(TPLO、TTA)」によって関節を安定化させる方法があります。
適切な治療を行えば、多くの猫は良好な回復が期待できます。ただし、体重管理や過度な運動を避けることが重要です。