先天性肘関節脱臼とは、生まれつき肘関節が正常な位置にない状態のことを指します。通常、犬の肘関節は上腕骨、橈骨、尺骨の3つの骨で構成され、靭帯や筋肉によって安定しています。しかし、何らかの異常によって肘関節が適切に形成されず、脱臼した状態で生まれてくることがあります。
この疾患は比較的まれですが、小型犬を中心に発生することが報告されています。多くの場合、生後3~6週齢の子犬の歩行に異常がみられることで発見されます。先天性肘関節脱臼は片側の前足だけに起こることもあれば、両側に発生することもあります。脱臼の程度によっては、痛みを伴わない場合もありますが、放置すると関節の変形が進行し、将来的に運動機能に大きな影響を与える可能性があります。
先天性肘関節脱臼は、関節のどの部分に異常があるか によって 3つのタイプ に分類されます。
橈骨(とうこつ)も頭が外側または後外側に脱臼していて、尺骨は正常な位置にある。
尺骨が外側に回転または脱臼している。橈骨の位置は基本的には正常。
橈骨と尺骨の両方が関節から完全に外れている(重度の脱臼)。
先天性肘関節脱臼のはっきりとした原因は分かっていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています。
特定の犬種で発生しやすいことから遺伝的素因が関係していると考えられています。若齢期に脱臼がみつかった場合には、同腹犬に同様の病気がないか確認することが望ましいです。
生まれつき肘関節の骨の形が正常に発達せず、関節が適切に形成されない場合、脱臼が発生しやすくなります。特に、滑車(関節のかみ合わせ部分)や靭帯の形成不全が原因となることがあります。
筋肉は関節を伸ばす伸筋と、曲げる屈筋がバランスをとりながら運動しています。これらの筋肉の発達が不均衡だと、関節にかかる力のバランスが崩れ、脱臼しやすくなることがあります。
これらの要因が複合的に作用し、先天性肘関節脱臼を引き起こすと考えられています。
先天性肘関節脱臼は小型犬に多いことが報告されています。タイプⅠ型ではゴールデン・レトリーバーやボクサー、シェルティーなどの中大型犬の発生が多く、タイプⅡ型ではヨークシャー・テリア、パグ、ボストン・テリアなどの小型犬の発生が多いとされています。タイプⅢ型は発生がまれであり、特定の犬種には限定されません。
また、この疾患は生後3~6週齢の子犬に発見されることが多く、歩行異常がみられた時点で診断されることが一般的です。
先天性肘関節脱臼の症状は、脱臼の程度や発生部位によって異なります。
主な症状としては、歩き方の異常(肘が外側に向いたまま歩く、ひきずる)、前足の可動域の異常(肘を伸ばしきれない、曲げられない)、体重をうまく支えられない、などが挙げられます。軽度のケースでは症状が目立たず、成長とともに悪化することもあります。放置すると慢性的な関節炎を引き起こし、将来的に痛みや運動障害の原因となるため、早期発見と治療が重要です。
タイプ毎の症状の傾向として、タイプⅠ型は症状が軽いことが多いのに対し、タイプⅡ型とⅢ型は重度の歩様異常が生じやすいとされています。
治療方法は、脱臼のタイプや程度、犬の成長段階によって異なります。
痛みや歩様異常がほとんどない場合や、徒手による整復が可能な場合には、保存療法を適応することができます。上腕骨と橈骨が関節していない場合には、慢性骨関節炎の進行に注意が必要です。
歩行障害がある場合や、徒手整復が困難な場合には、外科療法を検討します。外科療法には、観血的整復や橈骨骨切り術(橈骨を部分的に切除して関節のアライメントを調整)、橈骨頭摘出術(橈骨頭が異常な位置にあり、関節に負担をかける場合に実施)があります。
予後は早期治療であれば比較的良好ですが、先天性疾患は慎重な経過観察が必要です。
生後4ヵ月齢以下で骨の変形が少ない場合には、麻酔をかけて徒手的に関節を元の位置に戻し、経関節ピン(尺骨から上腕骨までピンを刺して固定)によって2-3週間一時的に関節を固定します。その後外固定を3-4週間程度着用します。
徒手整復が困難、または関節の変形が進行している場合には、靭帯再建術や尺骨の矯正骨切り術(尺骨を一部切除して関節を適切な位置に戻す)、関節包の再構築などの方法を組み合わせて治療します。
タイプⅡ型は若齢期の早い段階で症状が生じやすいので、早期治療が重要です。早期の外科療法により良好な機能回復が期待できますが、一部の報告では術後の再脱臼率が40%程度とされており、慎重な経過観察が必要です。
すべてのケースで手術が必要です。
脱臼した橈骨と尺骨を元の位置に戻し、靭帯再建術や骨切り術、プレート固定などさまざまな術式を併用して関節を安定化させます。
術後も完全な機能回復は難しく、関節可動域の制限や慢性的な関節炎のリスクが高いとされています。
先天性肘関節脱臼は手術を行わないと進行することが多く、早期の治療が推奨されます。
特に徒手整復が困難な場合や関節の変形が進んでいる場合、歩行が困難なほどの症状がある場合、時間が経過すると関節炎が進行する可能性が高い場合には手術が必要です。
早期に手術を行うことで、関節の機能を最大限に回復できる可能性がありますが、手術の適応や術式の選択、治療時期を判断するのに専門医に相談することが望ましいです。
手術後は4~6週間程度の運動制限が必要になります。
また、術後は一定期間、包帯などの外固定を行います。固定強度と運動制限を徐々に減らして日常生活に戻していきます。この間、散歩はリード付きの短時間のみに制限し、室内でも飛び跳ねたり、走り回ったりしないように注意しましょう。術後も関節の可動域の低下や変形性関節症のリスクがあるため、定期的な検診とリハビリテーションが大切です。